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−ああ14者連続出塁〜会心の智弁学園と痛恨の県岐商〜
県立岐阜商業の森川監督は選手を育てるのがうまい。
全国では県岐阜と呼ばれているこの学校は、地元では県岐商と呼ばれて親しまれている。前任の小川監督時代は前原や桑原ぐらいしか見当たらなかったが、森川監督になってから田中、関屋、増元、石原、秋田など、大型選手が次々と育っている。秋田などは平安の川口からバックスクリーンに叩き込むホームランを放っているし、増元は愛知大学野球リーグ首位打者、石原も東北福祉大で活躍、この時の投手が水谷、藤田らだから、これで勝てなきゃおかしいのだが、必ずといっていいほど一回戦で負けて帰ってくる。どうにも野球が下手である。
原因ってのは探せばキリがない。森川監督は選手主導で短期集中型の練習方法を取っているが、これでは守備がままならない。おかげで打撃、そして投手に素材が育つが、守備がうまくない選手が出来上がる。いや、守備は下手ではないのだ。選手主導というのはノックもちゃんと入ってくるものなのだ。しかし決定的に欠如しているのが実戦感覚である。長い時間ダラダラと球拾いするだけでも、結構生きた球を受けられるものである。これが、ノックと練習試合だけ、となると、さほどに生きた打球は飛んでこない。なまじ投手が良いから、練習試合でも相手が打てない。しかしこれが夏になると、相手の打撃のレベルも上がる。残念ながら岐阜と全国レベルの差も大きくなってしまっているから、全国に来ると、生きた打球が追えないで、外野のど真ん中を凡フライが転々し、大量点につながる。もともと守備が下手なチームではないから、エラーなどはものすごく少ないが、ちょっとしたライナーが外野に飛ぶと外野は取れないし、内野の守備もランナーが出るとチョコチョコうるさくて落ち着かなくなる。自然、岐阜の中では横綱相撲でも全国では、好投手が当たり前になって、生きた打球が飛び、そのまま地に足がつかないまま負けてしまうというパターンだ。
川口擁する平安と当たった時など、県立岐阜商業はものすごく強かった。大型打者がずらりと並び、投手もなかなかの好投手。しかしながら、バントが出来ない県岐商は、川口を揺さぶる事が出来ないで、秋田のホームラン一本に沈黙。つながらない打線。一方の平安は、岐阜の水谷らの速球に押されながらも芯に当てて飛ばし、この打球が外野と外野のど真ん中に落ちた。実に名門らしいチームの作り方をしたあの平安が、全員安打したのである。名門というのは大技小技合わせて点を取るチーム、にもかかわらず全員安打した、と言う事はつまり、守備が安打を許した、と言う事である。小川監督時代は、大型選手はいなかったが、送りバントと堅守、欲しい時に一点をもぎ取って、たいした投手でもないのにたいてい甲子園で一勝をもぎ取ってきた。元打撃投手の高橋を主戦に起用し、坂田擁する熊本工からスクイズ岳で点を奪ってサヨナラ勝ちする、強いチーム。それが今は、岐阜三田などの他のチームに受け継がれ、すっかり県岐商はそうでなくなってしまった。こうして良い選手も県外に流出、岐阜の夜明けはいつになるやら…。
そう思っていたところに飛び込んできたのは1999年、報知高校野球、選手権予想特集号。岐阜は県岐阜商が生まれ変わって強さ倍増、と書いてあった。
「おー。森川監督も守備型のチームを作り出したか!」
なんといっても春季大会で、東海では随一の強さを誇った海星を破っているチームだ。期待が持てる。なんでも、秋まで主戦だった竹中を捕手にして、守備を固めたらしい。
んー?元々バッテリーが強いチーム。捕手を強くして守備を堅くしたつもり?岐商は外野守備やれば強いのに、と思って見る。わざわざ主戦の投手を捕手にする事自体、私には意味が良く分からない事だが、ともかくも守備型のチームにすれば岐商は強くなる。まして育成のうまい森川監督、きっとすごいチームを作ってくる、と思って大いに期待した。
夏。H君に電話して聴いてみると、いよいよチームは強いらしい。岐阜大会をそれこそ敵無しの強さで勝ち上がって甲子園に登場した。それで、この日、わざわざこの試合に日程を合わせて、僕とH君は甲子園球場にやってきた。
敦賀の試合の興奮もそのままに、いよいよ始まるメインイベントに胸は高鳴る。やっと僕がふるさと岐阜の初勝利を見れるのか!智弁学園だろうがPL学園だろうが、何処が相手でも勝てる岐阜の試合が見れる。そう思ってわくわくしている。
が。いきなりどうやらいやな予感。
県岐阜商のノックが、いかにも普通のノックなのだ。真っ正面に早い打球の飛ぶノック。これはもしや実戦練習は出来てない?智弁学園の実戦ノックとは対照的な、このノック。どうも暗雲たちこめる。
「何もかわっとらんのじゃないのか?」
という僕に、
「そう心配しなさんな」
とH君。森川さんには何度も裏切られているからなあ、とぶつぶつ僕。
試合開始。僕はいきなり泣きそうになった。試合開始と同時に長身のサウスポー、青木がブルペンで投げているのだ。
「あのオッサンはいきなり黒井君が打たれる計算しとるんか?」
ものすごくいやな予感がする僕。H君は相変わらず楽観視しているが、どうも信用ならない。思えば無茶な走塁をし、送りバントというものは知らない森川さんだ。と思ったら一回裏にはちゃんと送りバント。チャンスをつぶすが、僕はほっとした。
「あのオッサン、すぐ走らせる癖があるからな。」
「ええんやねえの、走らせても。」
「走っちゃいかんときは、走るな、のサイン出さなきゃいかんのよ。送りバント、偉い偉い。」
僕はすっかり御満悦だ。県岐商の応援は公立校にはよくある、男女掛け合い型の応援だ。これがまたなかなか一生懸命で見ていて気持ちが良い。これは勝てる!
試合は順調に3回表。あれ…。
「ブルペン誰もいなくなったで…。」
これがわからない。逐一観察していたが、青木君、ただ投げていただけで肩など出来ている様子ではなかった。肩ができないうちに投球練習をやめることはなかろう。同時に黒井君がフォアボール献上。ストレートのフォアボールだ。
「タイムだせ、タイム。それこそブルペンにいかなあかん。」
こういう時、内野守備陣、投手に一言あるだけで、大分引き締まるものだ。明らかにおかしいフォアボール。投手がストライクを安易に取りに行くと狙われ、狙いすぎるとストライクが入らなくなる。早めのタイムが欲しい。
が、伝令も出なければ、ブルペンも静かだ。しかし、直後僕は度肝を抜かれた。走者一塁。打者は当然バントの構え。前進する一塁走者。となれば当然二塁手が一塁ベースカバーに入る。捕手、一塁に牽制球、ここまでは良くある話だ。
しかし、秋まで主戦投手、捕手竹中の動きといったら目にも留まらない。取るが早いかなげるが早いか、誰もいない一塁へ矢の送球。二塁手木村がこれを見事にさばいて一塁で走者松井をピックオフした。
「うわー!!!すげえ!!!」
球場中がざわめく竹中の強肩。強肩もさる事ながら、とても急造とはおもえないその動き(実際のところ、急造ではなく、高校入学後、一時捕手転向し、その後再転向したそうな。)見事だ。
「さすが。というかなんというか。」
これは何処へ出しても恥ずかしくないプレー。よほど練習したのだろう。
「しかし…、こんな事ばっかり練習しとったんちゃうやろな。」
僕はすごくおかしな事を考えた。
「まあ、守備型のチームだから、当たり前だ!」
H君は守備型のチームだから当たり前だという。予感的中。次の打者肘井の打球はセンター・ライトの中間前にフラフラあがったテキサスヒット。これはどうしてもヒットになる当たりだ。が、この打球にライトもセンターも回り込んで、どちらも突っ込まなかった。西京高校相手なら走者が二塁に突っ込むやもしれぬ。何をしとるんだ、岐商。内野守備、外野守備ともにおかしい。守備そのものはうまいのに、状況判断ができていない。
「おい、タイムタイム。」
タイムを出さないと一気にやられる。ブルペンも寒い。バッタートップに返って小林、これに四球。
「おい、タイムタイムタイム。オイオイオイ。」
「タイム、出ていいな。」
「やろ?何やっとんねん、森川さん。」
僕の心配をよそに、投げ込む黒井。次の球で、何と竹中は二塁走者肘井を強烈な肩でピックオフした。
「うわーーーーーー。」
球場中がどよどよと騒ぐ。
「凡打無しで二死…。しかも二球とも牽制か。」
「すごいな、あのキャッチャー。」
ものすごい。正直言って感動した。が、黒井君はまたもフォアボール。
「何をやっとるんだ、あのピッチャー。」
「でも、こんな所であんなに四球出す投手やないで」
とはいつも冷静なH君。そう、黒井君は岐阜大会で、何と防御率0.28を誇った好投手だ。いくらなんでもこんなに崩れるような投手ではない。
「あー、そうや。タイムタイム。」
タイムは、でない。ブルペンも寒いままだ。この後はもう、どうしようもない。三番梅本レフト前、四番中村ライト前、5番武田に死球。どんどん奪われていく点。
「タイムは?」
ブルペンも依然、寒いままだ。続く打者大坪君、痛烈な打球がジャンプする三塁手吉田のグラブをはじいてライト前。
「タイムは!?ブルペンは!何やっとるんやあの監督は!!」
ここで、やっとタイムが出る。ブルペンには青木君が走り出した。もう遅い。遅すぎる。集中砲火の後に援軍がきたら、そいつも撃たれるのは世の定めだ。本当なら、ここで投手は交代しなければならないはずなのに、今やっとブルペンに人が行き、何とその前にタイムが一度も出ていない。こんなのは野球でも何でもない。見ていてバカバカしくなってきた。すでに8連続出塁だ。黒井君はもう、マウンドが嫌だろう。
智弁の、どこか古風で雅な応援が続く。さすが奈良県、とか思ってみる。岐阜県民として恥ずかしい試合を見るぐらいなら、智弁学園の応援を見ていた方が、まだ気持ちの整理がつくというものだ。
続く清水君、レフト前。ブルペンで一球投げた青木君戦況をつらそうに見る。ここで投手交代。
「あのなァ…。青木君、まだブルペンで一球しか投げてないぞ…。」
気持ちの整理も出来ないまま、いきなり戦場に出された青木君が抑えられるわけがない。長身をくねらせてなげるという青木君のフォームを僕は楽しみにしていたが、青木君は棒立ちのままボールを投げていた。外野席からはっきりわかる。どうしようもない。松井君、センター前。肘井君、センター前。とどめに小林君、二塁打。
センター前に抜けていく打球は、ランナーを警戒していなければ取れたボールもあった。こうなると何も考えられないから、内野手を攻めるわけには行くまい。この回に、四球が三つでていながら、タイムが出ていない時点で、勝負は終わっている。いくら竹中がピックオフしても、これでは追いつかない。追いつくはずもない。まだ、暴投などなくて良かった方だ。
三安打打たれただけで青木君は降板。惨めだ。惨めもいいところだ。かわいそうといくら言っても追いつかない。捕手には渡辺君が走り、マスクを脱いだ竹中君がマウンドに上がる。
さすがに竹中、気持ちも出来ていれば、肩も出来ている。すごい球を投げる。が、智弁学園二番住吉これをうまく当て、県岐阜商の二塁を襲い、タイムリー内野安打。
「…」
見ているこっちがすでに放心状態だ。
「あーあ。」
何処をどうすれば守りのチームなのか。ほとんど実力のじの字も出さないうちに勝負がついた。続いて梅本君に竹中のボールが当たる。僕は何を見ているのかわからず、ぼんやり。
「ふぃー。」
続く四番中村君、レフトフライ。14連続出塁、9得点。ここ数年の、県立岐阜商業の、強いのに弱い負け方をする、象徴のような一イニング。討ち取られた中村君の方が、記録を止めてしまった事がかわいそうなくらいだ。なんせ、この回に凡打を打ったのは中村君だけなのだ。おかしな事に、投げてアウトを獲ったのも、実は竹中捕手兼投手だけなのだ。
竹中君が投手である必要はなかっただろう。なぜなら、黒井、青木はそんな投手ではないはずだからだ。ここでマスクを脱がざるを得なかった竹中、一つのアウトも獲れずにマウンドを降りた青木、黒木にポジションを譲ったレフト江川。ここまで悔いの残る負け方はないだろう。しかし彼らは、高校球児ゆえに、自分しか責める事が出来ない。本当は監督のせいで負けたのに、自分たちが弱かったと思いつづけてしまうのだ。……。
三回裏、打つしかない県岐阜商は夢死のランナーを出しながら、送りバントも出来ない。攻撃力も半減する。請求が定まらない智弁学園エース松井から、三振。三振。待つわけにも行かない。これも仕方がない。
4回裏には、安打で出た竹中を、先発投手黒井の意地のタイムリー。しかし、点差が大きすぎる。
それでも、ランナーをためて、帰すしかない。マウンドに上った竹中はすさまじい気迫で投げつづける。好投を重ねる。打撃陣は6回にもまたもや竹中の安打からチャンスを作って一点返す。
しかし、7回。ノーアウトのランナーが、スチール失敗。これにはH君もあきれた。
「何で走るんや?」
おそらく、走者古田君の独断だ。だいたい、ランナーが、走る前から落ち着かなかったから、走るのは外野から見てすぐ分かった。
「おいおい、走るな走るな」
といっていたらすぐ走ったのだ。一塁ベースコーチは走るなのサインを出さなかったのか。それとも、そんなサインはないのか?まさか、まさかとは思うが、スチールのサインを出した、となったら、僕らはどうして良いかわからない。 智弁和歌山捕手竹田、これは刺して当然の盗塁。落ち着いて二塁に送球して、アウト。
僕らはやるせなくなってビールを飲んだ。
前の席のオッサンが
「智弁学園って何処ですか?」
と聞くから
「奈良ですよ!奈良!」
と大声で教えてあげた。もう、笑うしかない。
8回裏には、智弁和歌山は伊達君をマウンドに送った。先頭打者に四球が出したら、すぐさま伝令が出るこのすばやさ。監督のレベルの差というのをまざまざと見せ付けられた。
結局、3回の攻防を除けば2対0。贔屓目でも何でもなく、明らかに県岐商の方が実力は勝っていた。二番手投手は明らかに岐阜の勝ち、制球が定まらなかったのは松井君も同じ、タイムのタイミング一つの差だけで、7点の差がついてしまった。
この傷は岐阜県にとってあまりにも大きすぎる。もうしばらく、岐阜のチームが甲子園を勝ちあがっていくのは、ないのかも知らない。そう思うと、僕らはあまりにもやるせなくて、恨みがましくて、仕方なくビールを呷るのだった。