雪の金沢

日時      1997年2月1日〜2日

到達場所   JR金沢駅周辺(石川県県都)

メンツ     僕 中井君

到達手段   京福電鉄勝山線松岡〜福井 JR西日本北陸本線各駅停車福井〜金沢

 

 1月31日金曜日夜。中井くんから電話があった。

「明日。金沢いかん?」

 さ、さむそう。真冬である。1997年1月29日から福井県は大雪であった。もちろん、以北の石川県金沢市も大雪であろう。中井くんとは金沢に一度行ったことがある。兼六園に行きたかったので、彼に付き合ってもらったことが。あの頃は夏だった。その日本屋で本買って、おもちゃやで鉄道模型を見て、それで帰ってきた。

しかし今回は真冬だ。ちょっと考えさせてくれ、と僕は言った。テストも近かったし、何より寒い。何も好き好んでこんな寒い中金沢なんざ行きたくない。

 2月1日。目が覚める。外を見ていると、天気は晴れていた。鹿児島県人ながら、寒いのにも耐えうる強靭な体を持つが、不器用な中井くんは、こんな中どうするのか、と聞いたら、とりあえず金沢で夜をこす、という答えが返ってきた。福井県立大学は生物資源学部海洋学科というのがある。彼らは一年生は福井キャンパスだが、二年から福井県南部の小浜市にある小浜キャンパスに移動せねばならない。中井くんは海洋学科である。福井に来て初めて一緒に話した友達である。そう思うとこんな事できるのは今のうちだけ、とも思った。

 性格は僕はおおざっぱで、理屈っぽいのに対し、彼は非常に情緒的で、その分だけ少しだけ喧嘩っ早いところがある。だから人付き合いも不器用なようである。だけど僕らは不思議と気が合った。多分二人とも鉄道が好きで、自然が好き、というところが一致していたからだと思う。彼など雪を見て、

「福井に来て良かった、きれいやわ。」

と、口走ったほどの感受性を持っている。僕はそこまで感受性豊かではないが、厳しい環境を受け入れてプラスに考えていこうとするほうだから、彼の考え方に対し、あこがれに似たものを感じているのだと思う。

 「わかった、行こうか。」

2月1日午後5時に彼の家に行くといった。

 

 

 午後五時。約束どおりについた。夕方出発だから、やはり寒い。松岡駅まで歩き、それから福井まで。福井で降りて、福井駅近くのパン屋で菓子パンを買い込み、切符を買って金沢方面雪の各駅列車の車内でパンを食う。程なく列車は満員となった。対面クロスシート、直角シート。こういうふざけた列車であると、満員の中、例え座っていてもパンを食べるには相当の精神力がいる。人目が気になる。中井くんはうまそうに食っていたが僕は下を向き、菓子パンは結局金沢駅までお預けとなった。

 僕は満員電車が嫌いである。人の暖かみというものが全く感じられないから。地下鉄や、近距離の私鉄、あるいは快速列車など、短い距離の満員電車は、むしろ適度な緊張感があっていいのだが、帰省時の列車など、長距離同じ顔が長い間満員でいる電車というのはどうしても疲れる。その上に立っているときは嫌そうな顔をしながら外を見ていればいいから気が楽だが、座っているときというのは逆に辛い。外を見るのも気が引ける。だから前を向きたいのだが、対面クロスシートであり、まさか正面の顔の人をじっと見つめるわけにも行かない。仕方なく、直角のシートだというのにもたれずに無理に下を向く。辛くて仕方ない。

「あとどこまでだ?」

と聞くのみで会話がない。会話はしてもいいのだが、自分が満員電車に乗っていたとき喋ってる奴を見るのが嫌いだから、自分も黙っている。福井金沢間は意外と長い。やっと金沢についたときの喜びといったらなかった。

「あー!やっとついた。」

と軽く声を上げ、外に出て冷たい空気を思いっきり吸い込んだ。やっと解放された、という思いがある。おかげでパンもうまかった。

 

 

 金沢駅、今日はここで一晩過ごす。どうでもいいが、曇っていたはずが、金沢では雪がちらついている。寒い。

 金沢駅正面側にはコンビニに似た店があり、そこで食料品とお酒を買い込んだ。お酒はウイスキー。コーラで割ってやろうと思ってコーラも買った。半分やけでもある。店は閉まってきている。僕らは適当に話をしながら、金沢駅の一角に座り込んで、駅が静かになるのを待った。と、高校生らしき三人組みが僕らのほうに向かって歩いてきた。いかにも、お金ありません。って感じのタカリ野郎に見える。三人組、先にやられたらおそらく手もでまい。僕らが座っている前で手を合わせた。僕は座りながらも半身になって、いつどいつのひざを蹴ってやろうか考えている。喧嘩なんてのは、それを生業にしている連中ってのは体見ればわかるし、そうでない人間ってのはほとんどハッタリのかましあいである。張子の虎だろうがなんだろうが気圧されたほうが負け、さあ、蹴るぞ、と思っている。手を合わせた少年が口を開く。さあ、蹴るぞ。

「すいません、お金下さい、50円だけ。困ってるんです。」

それ蹴れって、50円?50円、しかも下さい?普通たかる奴ってのは、金貸してくれなのに、下さいで、しかも50円である。しかもよせばいいのに土下座する少年。中井くんは、

「50円ぐらいなら。」

と財布を開いた。僕はそのまま財布ひったくろうものなら少年の顔面蹴り倒してやろうと思っている。すると少年。

「助かります、これで帰れます。」

三人組一様に頭を下げて帰っていった。生まれて初めての経験だ。電車賃が足りない少年達。彼らはその後切符の販売機の前で小一時間ほどなぜか粘った後、帰って行った。

「やっぱりタカリだったんじゃねえか?」

すっかり拍子抜けした僕が、喧嘩のうんちくを話す。

「喧嘩せんでいいならそれが一番いいやろ。」

 中井くんは大人だ。喧嘩だと思って張り詰めていた僕はいい面の皮で、本当に張子の虎だった。こういう所で人間の器ってのは出るんだな、と思ったら妙に情けなかった。気が弱いことを思い切り露呈してしまったよ。

 

 午後10時を回るとさすがに人が減ってきた。金沢駅裏に回ると、雪の降るバス停留所にスキー客らが集まっていた。僕と中井くんはお酒を飲んだ。ウイスキーを少しストレートでいこうと思ったが、ラッパではさすがに無理がある。仕方なく寒空の下コーラを先にのみ、中にウイスキーを投入。やっとあったまる、とコーラ割りを口にする。

「うわ、まず。」

 焼酎をラッパで飲む中井くんを前に、僕はコーラ割りを思いっきりまずそうに飲んだ。そうなると人間ってのは不味いものを飲んでみたくなるものらしい。

中井くんもコーラ割りを飲んでみる。

「これは…ほんとに不味いな、悪いこたぁいわん、すてろ。」

 やはり誰が飲んでも不味いようだ。頑張って半分無理に飲んだが限界だった。悪酔いした僕はそれをトイレに流し、頭に来て金沢駅裏に出て雪の中で大声を出して歌った。完全にただの酔っ払いだ。

「お魚くわえたどら猫ぉー♪おーいかけぇてぇぇえ」

サザエさん演歌風。その他雪国ロック風。与作ロック風。

 何が楽しいのか、大声で歌いまくっている。

 中井くんのほうもしたたかに酔っている。大受けしながらしばらく路上でカラオケ大会だった。が、いかんせん寒い。いくらお酒がはいっても、雪の金沢は寒すぎる。

 

 

「たこでぇぇぇす。」

 懐かしのタコ八郎の真似をしても全く意味はなく、時はすぎていく。中井くんは切符を買った。福井行きの帰りの切符を買った。僕はまだ買わないでいた。しばらくして、僕も買った。その後、金沢駅周辺を、雪に足を突っ込みながら歩いていく。途中ファミリーマートがあり、そこに入ってジュースを買った。小一時間も歩いてもう一度ファミリーマートに入って見る。

いろいろ買おうと思ったが、店員が出てこなかった。万引きし放題だ。大声で叫んでも出てこない。寝てるんじゃなくて、でてるみたいだ。いい根性しとるわ。

かぁねがゴンっとなりゃカラスがカァー、戦に焼かれてお寺もボォーっと。」

 一休さんの挿入歌などを歌いながら、結局何も買わないでファミリーマートを後にする。寒い中歩いていたから、当然のように酔いは覚めているが、酔ったフリでもうなつかしい歌ばかり歌っている。本来僕らの年代が知らないはずの歌である、高校三年生などをロック調にして歌ってみたり、そんなんばかり。しばらくするとコーヒーを飲んで落ち着いてみる。取り止めのない話や、鉄道話などをして時間がすぎる。

 

 

 そう言えば夜行が走る時間になった。駅の中に入ろうとする、と…

「この切符は使えんぞ。」

 中井くんの切符を見て駅員さんがいった。昨日の日付である。JRの近距離切符というのは一日しか使えない、という大前提のようなものは、確かにあった。中井くんの切符を見ると11時57分発行になっている。ラスト三分の時間に切符を買ってしまったのだ。これは買うほうではなく、売るほうに問題がある。利用価値の無い物なんか売るもんじゃない。買って3時間たってないから!払い戻してくれ、といっても通じない。鉄道の職員というのは自分によほどの落ち度がないと謝らないのは有名な話である。特にJR東日本と東海の職員が東京駅で相手方の切符を見た時の態度というのは、不快極まりないと聞くが、JR西日本の職員の対応も深い極まりなかった。

「使えんものは使えない。この切符で入ったら犯罪だ。」

と取りつくシマもない。仕方なく、もう一枚切符を買う中井くん。僕は無事だったが、気の毒であった。

 

 

 駅のホームは益々寒いので、構内の待合室にいく。思ったより駅の朝というのは遅く、始発列車に乗る人というのも少ないようであった。興味深かったのは雷鳥に使われる列車が和倉温泉方面に普通列車として始発で出ることであった。ああいう列車に乗ってみるのもいいな、と中井くんと語り合った。駅の構内では寝ている人もいる。が、この日はどういうわけか家族連れ等も見られた。帰る人か、それとも行く人かは定かではない。アルコールが中途半端に体に回ってだるかったので、ビタミン取らなけりゃ、とオロナミンCなど立て続けに飲んでみた。もちろんおなかを壊した。電車に乗る。

 帰りの電車のことはあまり覚えていない。

 

 2月3日朝。福井のほうはやはり晴れていた。あまり眠かったのでそのまま家に帰って寝てしまった気がする。 

 二日間のことは、あまり覚えていないが、町の中で歩いていたことだけは不思議と鮮明に覚えている。雪の中の町というものが好きになったのも、この日からかもしれない。旅は人を大きくする。考える時間が長い旅は、それはそれで貴重なものだと思ったりした。

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