日南学園vs四日市工業
 

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日南学園

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四日市工

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 大会ナンバーワン右腕寺原隼人。僕は別に寺原を見に行ったわけでもないが、さすがに球場は満員となり、観客もざわめき始める。とにもかくにも、今大会注目度ナンバーワンの男の登場だ。日南学園は毎度の事ながら、選手の個性が際立つ。このあたりが僕が日南学園好きな理由である。2000年夏のメンバーが二年生中心と知ると、大会が終わってとすぐ、春は福井、夏は日南学園と予想した。このあたりが、個性特化がうまい日南学園小川監督の手腕に期待したのだが、毎度の事ながら、日南学園は個性がぶつかってチームにならないことがしばしばあるようで、実力を出し切れないで負けることもしばしば。今大会も寺原の個性の強さなどもけっこう話題になっていた。

 そこへいくと、四日市工、最近すっかりチームとして成熟してきた感じがある。今大会屈指の技巧派右腕、安田を擁し、強い勝ち上がりで三重大会を勝ち上がった。好投手擁する津田学園、菰野を連覇、決勝では三重に2-1と、いずれも接戦を制し勝ち上がった。はっきり強いチームだ。

 堀内君、「あの山岡君ってのは、注目やぞ、俺テレビで見とったなあ。」と教えてくれた。そして投手安田が技巧派、となると、やはり地元東海勢。応援にまわるよりあるまい。珍しく、二人で四日市工応援だ。しかし僕らの応援するチームが重なると、だいたいチームが負けるジンクスがある。

 高校生の技巧派ってのは、コントロールでも良いのかどうなのか、良くわからないのだが、どうだろう。一回表、安田君の投球は、確かに緩急自在だ。足の上げかたでリズムを取りながら、独特のゆっくりテンポを演出、四球と安打でランナーを出すも、沈む変化球で四番長畑の芯をはずす。強めのゴロを飛ばされるも、これを二塁手長谷川が軽快にさばき、ぎりぎりの併殺を完成させて無失点に抑えた。なるほど、技巧派で、守備もそれなりだ。こういうリズムを持った投手はなかなかいない。そして、守備陣もそれを生かせるだけのものを持っている。コントロールはどうか知らないが、投球術を心得ている。

 一方の日南寺原、有無を言わさぬ剛球を見せつける。投げると球場がどよめく。

「うわぁああ!はええ!!」

確かに、バケモンだ。外野席から見て速いとわかるスピードボールはなかなかない。とにかくものすごく速いボールだ。投げるたび、

「はええ」「速い」「はっやー」

と360度から聞こえてくる。大体、ニュースではもっぱら怪我の話で持ちきりだったが、本当に怪我なんかしていたのか?とにかく、ものすごいボールが飛ぶ。繰り返すがここは外野席だ。しかも寺原の球が速いことはみんなわかっていて見に来ている。それでもみんなが、一球ごとにたまに速い速いというのだから尋常じゃない。速い。速いとしか言いようがない上に、低めにコントロールされて、しかも速い。高目だけでなく、低めもきっちり速い。

「これは打てんぞ…」

と僕。こうなってくると、四日市は相手をじれさせるしかない。点が取れそうで取れない好投手安田を擁しているのは強みだ。中盤でごまかして点を取って守りきってしまえばもうけもの。現にそういう野球は四日市工、得意としている。しかも、寺原ほどではないが、菰野の相手に速球派とは対戦している。一点取れれば…。しかし取れるのか、化け物相手に。

 試合はすさまじい剛球の寺原と、ゆっくりしたテンポながら相手をまさに手玉に取る魔術師安田の投手戦の様相。しかし、3回日南にランナーが出て試合が動く。セットから投げる安田の生命線足に審判の注意が下ったのだ。これはおそらく、勝負を決めた注意だったろう。安田の足はゆっくり上げられ、足が若干静止する、そこから右腕をたたみながら回旋させるちょっとした時間差投法で、まったく持って珍しいリズムを現出している。これに変化球と、それなりにコントロールされたストレートがくるのだから、攻略は難しい。しかし、断じて二段モーションではないのだ。二段モーションは禁じられているし、セットの時の足の上げ方も牽制のときはまっすぐで無いといけない規則がある。安田君の投げ方は、もともと足をまっすぐ上げており、ちょっとそれが静止するから、確かにセットのとき、これがよいのかどうかというと疑問は残る。しかしながら安田君のリズムでそういうフォームになっているのだから、逆クイックということでいいのではないかと僕などは思うのだが、難しいところだ。

「審判、見逃してやれよなあ…。」

僕は安田をひいきしていたから、この注意は不当にも思った。しかし確かに、難しいところではある。

 安田、ちょっとリズムを変えての投法となる。ランナーが出ると、辛い。4回以降はランナーなしでも足の静止時間が若干だが確かに短くなっているから、もしかすると審判に二段モーションを指摘されたのかもしれない。だとすると審判の誤審だが、まあ、おそらくセットだろう。しかし、厳しい。そのまま、3,4回は事なきを得るが、俄然苦しい。フォームのリズムはもちろん、あの独特の投球のリズムが、確かに狂っている。

 四日市工アルプススタンド。球場全体が寺原を身に来ている中、非常に元気で好感の持てる応援をしている。安田と守備陣が演出するぎりぎりの試合展開と、少数ながらも四工と連呼しながら、まるで球場全体をホームグランドのように演出している見事な四日市工応援団に、寺原の個性が苛立ちを感じれば、おそらく日南を自滅させることができる。

「あいつらにかかってるんや!」

と僕が言う。

「おおー、そうかあ、そういう勝負もありやな。ペース的には四工ペースか」

と、外野でただ二人かも知れない四工応援団の僕ら、四回裏の内野安打に思わず期待するも、いかんせん相手が化け物。そう簡単には許してくれない。たまにとんでもないボールが外角低めいっぱいいっぱいに決まり、そのときにまた球場全体がうなる。

「やっぱり先制できんと、辛いなあ。」

「できるんかなあ、寺原相手に。」

「山岡くんならやってくれるぞ!!」

堀内君が頼もしい。しかしながら、やはり寺原のボール、山岡君は引っ掛けて併殺。辛い。

5回表。先頭打者は宇宙戦艦ヤマトのテーマ、宇宙戦艦寺原ハヤト、これを三振にとるも、そのあとの8番増田君への死球があまりにも痛い。これを送られた四工。問題のセットポジションで、安田は安田でも日南の安田レオ君を抑えるにはちと厳しかった。見事なセンター前。

「あーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

「終わっちゃったよ…。惜しかったなあ、四工。」

「まだ野球だから何が起こるか…でもちょっと難しい…。」

僕らの溜め息のあと、日南学園打線が襲い掛かる。リズムという羽をもがれた安田君を日南学園の上位打線がほおっておくわけがない。そして、日南学園の上位といえば、既に伝統ともいえる、はじき返す右打ち!!瞬く間の3点奪取。さすがに優勝候補だ。これは、ワンサイドになってもおかしくないかも…。特に井出くんは四日市の安田とよほど相性がいいらしく、ほとんどボールを真芯で捕らえている活躍ぶりである。おおよそ試合は決した。 続く5回裏、ようやくタイミングの取れてきた四工打線だが、これを簡単に三人で切って落とした日南学園。これが大きい勝負どころで見事なピッチング寺原隼人、そして、動きの良いプレーで安田が寺原を助ける。 

「しかし、結構バットにあたってきとるなあ…。」

どうなのだろう。バッティングマシンで打ったからって、そう簡単に打てる球ではあるまいに、バットに当て、どうかするとヒットを飛ばしそうな四工打線。守りきっていれば、本当にわからなかったが…。6回裏下位打線が二本のヒットを集めるも、寺原の高速牽制にアウトをとられる。山岡まで繋げない。

「タイミングは取れてきとる。

 しかし、まずは、四工安田君の緊張の糸が切れた。6回からリズムが明らかにおかしい。下半身の粘りがなくなっているようで、当然投球のテンポも狂ってくる。やはり、日南打線相手に、緊張しすぎて疲れたのか?6回は味方の好守連発で、事なきをえるも、7回には、もうまともなアウト一つ取れないまま3点奪われる。四工守備陣、なかなか固かったが、技巧派投手が崩れだしたら、修正はもう効かない。

 7回裏、あれだけヒットを打たれながら(10本)まだ四点しか取られていない四工。寺原の外角低目ストレートを見事レフト前にはじき返した山岡君を手放しで誉める僕らをよそに、走ってチャンスをさらに広げる山岡君。投げてダメなら打って!と安田君のタイムリー。意地を見せる。寺原が自滅すればわからんっ!と思わせたが、そこは寺原、続く長谷川君を三振に切って落とした。

 4-1。3点ならワンチャンスだが、寺原相手に3点は大きすぎる上、完全に安田君のリズムが狂っている。タイムリーを打ったにもかかわらず、8回、またもまともなアウトが取れない。投手交代のタイミングだっただろうが、どうも大エース安田君の後のマウンドを守るのは、やはり無理なのか。投手交代はない。日南学園、既に余裕で代打起用に入るなど、四工にはもう余力すら残っていなかった。返す返すも、テンポを失ったのが惜しい。試合は、ワンサイドとなり、8-1で幕を閉じた。

 おそらくは、寺原のベストピッチはこの試合だっただろう。仕事で忙しいながらも、テレビで観戦したときには低めのボールは来ていなかったし、同じく球場で横浜戦の寺原を見たときは、今日ほどのスピードを感じなかった。そういう寺原から点を奪い、投球のリズムさえ合えば勝負もわからなかったという 四日市工の見事な試合っぷりには、拍手を送って球場を後にした。

 

帰りの電車、いかにもマニアっぽく

「寺原の球は速くなってましたねえ。」

「うん。去年見たときより随分となあ」

「でも、優勝を狙うには打線もいまいちという感じでしたね。」

「ああ、ちょっとむずかしいな」

という会話をしている、じーさんとメガネのおっさんがいた。 この人たちは、いったい何を楽しみに野球を見ているのだろう。あの安田の巧投を、井出の好打をいったいなんだと思っているんだろう。実際、日南学園は好投手畠山を打ちあぐねて横浜に敗れたがそれが何だというのだ。試合を見た後の感想が、「優勝を狙うには…」だと?プロでも見てろ。

 野球にはいろんな見方があって然るべきだと思うし、もちろん良い選手を見つけることも楽しみの一つだと思う。応援もしないでおいて優勝展望するだけのおっさんはわからない。高校野球において、選手が主役であることは紛れもない事実。ファンが主役になっては、それは学生野球ではないのだ。 僕は、いっぺんに気分を壊されてしまったのだが、またそれは後日談にて。

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