明豊VS聖光学園
 

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スコア
明豊

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聖光学

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  初出場私立の対決。最近元気のない大分県代表と、堅実野球が身上の福島県代表。明豊はなんと言っても堅守。5試合1失策という堅守を武器に、そして自在の攻撃と三枚投手でバランスよく、危なげなく大分大会を勝ち上がった。初出場とはいえ、強豪校。おおよそ萎縮してしまうことは考えづらい。対する聖光学園はこちらも三枚投手で勝ちあがったが、こちらは勢いで勝負のチーム。6試合14失策。単純計算で明豊の70試合分の失策である。しかしながら、エース橋本君が要所要所で好投を。初戦から原島、福島商、相馬、光南、勿来と、優勝候補を連覇。決勝の日大東北戦では延長11回表に4点取られたのを5点とってひっくり返してサヨナラで優勝した。いきなり東北大会ブロックと呼んでもいいブロックからの豪快な登場。 僕と堀内君でなくても、多分こういう予想をするだろう。

「接戦なら明豊、乱戦なら聖光やな。」

「要するに早めに先制点が出れば聖光ペースか。逆に明豊が先制したら、重そう。」

「エラーが出た方が負けるっていう展開にはならんわな。流れを手にしたほうが勝つってわけでもないやろ、いつ変わるかわからん」  

「やっぱ先制点か。」

「そういうことだ!」

試合は、明豊の名手であり、名トップバッターである黒田の痛烈な左翼二塁打で幕を開ける。

「な?」

「うん。」

巧い。これを伊藤が送って一死三塁。堀内君は例年どおり九州びいきだから、「思ったより強そう。」とご満悦である。背番号5番村上君のクセのあるボールを三四番続けて内野ゴロ。このあたりが聖光の持ち味か。

 一方の明豊先発波多くん、どうにも制球が定まらない。いきなり先頭打者四球。しかしながら、おおよそ福島県代表とは思えないスイングの聖光学園は、送るのを失敗しながら、適当に荒れながら、コーナーにボールを散らす波田君の絶妙の投球術にかかり、初回無得点。

 どうも、両チームとも、クセのある投手だ。聖光先発村上君は両サイドに散らす右スリークォーターハンド。打ち難そうな球、バントをしてもフィルディングの良さそうな村上君、なかなか攻略は難しそう。波多君はストレートをコーナーに散らしながら、緩い変化球を織り交ぜる技巧派。コントロールが良いのか悪いのかわからないが、守りやすそうな、攻めにくそうなリズムで聖光打線を翻弄する。気が付いたように、僕がポツリと口にする。

「この試合のカギは左やな」

「そんな感じやな。」

僕と堀内君の見解は一致した。左バッターは、この手の投手は苦にしない。右打者に関しては、右打ちがカギとなる。さあ、どちらのチーム打撃が、勝機をつかむか。

 あとから知ったことだが、明豊の打線は実にバラエティーに富んでいた。歴史的大勝を支えたのは、このバラエティーのおかげといって過言ではない。逆の言い方をすれば、聖光学園は、今大会、最も当たってはいけないチームのくじをひいてしまった。

「さあ、左。」

二回表先頭バッターは左打者小松君。これが目の覚めるようなあたりで抜ける。堀内君が確信気味にポツリ。

「やっぱり…。ホント、左やな。」

「うん、配球さえ気をつければ聖光が有利。だけどいつ気が付くかな。」

「気づかんやろ、高校生やで。」

続く右打者宮本君をすばらしいフィルディングで裁いた村上君にまた試練。続く打者は左の鮎川君(スイッチヒッター)。

「また左か…」

これがまたレフト前に抜ける。明豊打線、左打者が巧い。さらに、ランナーを気にした村上君のボークが絡み、走者は三進している。打者が投手の波多君。ここで接戦野球の明豊がスクイズ!ここで村上君のフィルディングのよさが災いする。

「巧い!」

微妙ながらアウトのタイミングまで持っていった背番号5、村上君のフィルディングだが、ボールが転がり、無情にも審判の手が横に広がる。痛恨のフィルダースチョイス。さらに四球をはさんで、左打者黒田君のライト前。

「明豊、左打者がいい所におるな…。」

打順の妙。そして時の運が明豊に味方する。先制、追加点は明豊。しかしながら村上君、再三の好フィルディングが光る。次の右打者伊藤君を投手併殺。

 一方先制点スクイズの投手波多君、聖光打線を三人で片付けて明豊ペース。おかしな校歌が流れて、球場ごと明豊ペース。

 さらに三回表。右打者黒仁田君を三振に取るも、草野君に内野安打を許し、続く左打者小松君を迎える村上君。早くも疲れが見えはじめ、腕が下がってきたところに、小松君のタイムリースリーベースが飛び出す。

「相手が悪すぎる。」

と僕がつぶやく。続いて右打者宮本君を打ち取ると、左打者鮎川君にタイムリー。さらに波多君はなんともいえないあたりでセンターに抜かれ、完全にボールが真中に集まりだしたところで駄目押し竹田君のタイムリー。今大会屈指の好守を誇る背番号5の投手村上君は、右打者をほぼ完全に討ち取りながら、明豊のバラエティー打線につかまって降板した。5-0おおよそ勝負ありか。

 しかしながら、聖光が死なない。

 聖光応援団は私立とは思えない純朴な応援で打線を盛り上げる。さすが福島県だ。

「く、く、口ラッパ、甲子園まで来て口ラッパって」

しかも応援団は野球部員らしき連中のみだ。しかし、その応援がすばらしく下手なブラスバンドより音量が大きい。

「ええやん、おれああいうの好きやで。」

三回はメインテーマらしい実に元気の良いアフリカンシンフォニーに乗せ、聖光学園のチーム打撃がはじまる。センターから右方向に流しはじめるのだ。そして、左バッターは左に流す。それがよけいだ!左打者は引っ張れ!

 しかしながら、右方向へ生きた球が飛び出した。アフリカンシンフォニーが実に元気良く聖光打線を盛り上げる!ものの…三番大河内君の打球がグラブに収まってしまう。しかし勢いづいた聖光打線。さあ、5点差有るがどうなるかわからない!

 が…。この流れを断ち切ったのが、明豊のバントだった。聖光学園の悲劇はここにあった。ここまで慎重な野球をされては、付け入る隙がまったくない。かわった背番号一番橋本君は、力のあるボールを投げるが、フィルディングがやはり村上君に劣るのがさらに災いする。内野安打に、送りバント。いくつかの偶然と、明豊が演出した見事な必然。四番草野君のタイムリーで、明豊、会心の、会心の一点をもぎ取る。

「決まった!な。」

堀内君のひとことが僕をうなずかせる。この一点は大きい。最後まで試合をリードする一点だ。試合は結局、20−0の大差で終わるが、この一点がなければ、どうなったかはわからなかった。聖光学園、失策のフォローが光るも、もう、届かないだろう。奇跡の聖光の、奇跡を完全に摘み取った。

 バントを決めたのが3番黒仁田捕手。軟投ながらポンポン投げていた波多投手のリズムにさらに余裕を作る好リードが光る。投球に見合った見事なリズムを演出し、右狙いにしぼった聖光打線の打ち気をそらしてスイングをさせない。配球や、心理戦などではない、捕手のセンス。チェンジオブペースが、完全にハマって、もう、明豊は盤石の体勢。ちゃんとした野球で反撃する聖光学園にまったく付け入るスキをあたえない。

 逆にすっかりリズムを失い、明豊の流れに飲まれた橋本投手に既になす術はない。必死のタイムも、明豊の攻撃の前に届かない。

「そんなに悪い投手じゃあ、ないな。」

県内全ての優勝候補を破って勝ち上がっていない。が、リズムが合ってしまっている。

「ある程度の投手なら、明豊は打つなァ。」

犠打をからめた集中打。ほぼ毎回の犠打がスパイス。集中力が途絶えない。マウンドの投手がかわいそうになってしまうほどのつるべ打ち。テンポ良く投げる橋本君だが、それは火に油というものだ。しかし我を失った高校生に、それをわからせる術などないであろう。

 しかしながら。聖光学園の応援団がへこたれない。手を緩めない。奮い立つ。奮う!奮う!

 毎回失点を許しながら、聖光学園応援団は決して落ち込むことなく、声援を続けた。6回以降には、メインテーマであろうアフリカンシンフォニーをチャンスでなくても流しつづけ、「奇跡の聖光」の意地を見せた。誉れ高き聖光学園野球部、この伝統は決して失われまい。僕は、もう、聖光学園が、せめて何点か返してくれるように祈った。

 が、さらに見事だったのは明豊だった。7回、橋本投手がはじめて三者凡退に打ち取ると、明豊ベンチは好投を続ける主戦波多から、左腕嶋田にスイッチ。これが聖光打線を沈黙させる、すばらしい交代だった。

「完璧やな」

と僕は感心した。かわった嶋田君は、7回裏、満塁のピンチを許しはするものの、その内容は聖光学園の必死の粘りによる内野安打と、四球を許したのみの完全な投球。満塁でも危なげなく、聖光打線を沈黙させた。

 そしてとどめ、8回裏、残酷にもうつる、15点目の追加点を、スクイズで奪った明豊を見て、

「いい試合だった。」

と言葉を残して、僕らは席を立った。このスクイズが、明豊野球の真骨頂なのだろう。

 お昼をたべに一度球場を離れる8回裏。聖光応援団はそれでも信じて、口ラッパのアフリカンシンフォニーを歌っていた。

 結果を見ればただのワンサイドゲーム。しかし聖光学園ナインよ、君らの頑張りは、球場の、少なくとも僕には伝わったのだ。決して恥じることはない。そして、応援団よ、君らの声援も、決して無駄ではなかった。そしてなにより、最後まで手を抜かなかった明豊ナインの礼儀と実力に、拍手を送りたい。

 

 僕らが中日スカウト近藤真一の姿を見ながらお昼を食べているとき、ダイエーのフードコートでは明豊のおかしな校歌がBGMになっていた。

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