水戸商42岩国(第71回甲子園春の選抜大会一回戦・四日目第二試合)

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3

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8

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スコア

水戸商(茨
城)

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3

0

0

0

1

0

0

0

4

岩国(山口)

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0

0

1

0

0

0

1

×

2

−水商サンバで水戸商発進

 

 ダイエーに買い物にいってきた。甲子園球場の近くにはダイエーがあって、そこへ。

 ダイエーにはうちわなどが売っていたが、結構高く、買う気にはなれなかった。まだ春の大会である。そして、寒い。H君がテレホンカードなどを買う。買い物など、僕らは今までけっこう時間がかかっていたが、最近はなれたのか、短くすむようになった。特に興味のなかった水戸商岩国戦だが試合開始から見ることができそうだった。外野席の最上段に登っていく僕ら。甲子園球場はいつでもどこからでもすばらしい。前の試合を見たところとほぼ同じところに戻ったころには水戸商の攻撃が始まっている。応援を見るのが趣味の僕は水戸商側アルプススタンドをちらちらと見る。大声援だがここは岩国がおさえる。穏やかな立ち上がりである。岩国の応援もまとまっていてなかなか楽しい。興味のない試合だがなかなか面白そうだ。

 

 

 野球に関してはうるさいH君が、守備についている水戸商のエース三橋君のフォームを見て、

「しかしすげえフォームだな。」

という。見てみる。確かにすごいフォームだ。のちに選抜大会準優勝という好成績を収める三橋はまったくの曲者投手である。セットポジションから体を伸ばしたまま腕を上げ、そのまま上体を下に持っていくサブマリン。聞くところによれば遅いと思っていたら手元で伸びてくるというたちの悪い投手。いや、手元で伸びるかどうかなんてのは分からないけど、足を上げないフォームは打ちにくそうだ。外野から見ていると分かるが、三橋君の腕の位置が投げるたびに変わっていることが分かる。おそらく、フォームそのものは固まっているだろうから、プレートの角度を利用しているらしい。

「守備位置も変な守備位置やぞ。」

 近年の高校野球は守備位置に関してもトレンドがあって、昔は右打者なら遊撃とレフトがバック、左打者ならセカンドとライトがバックというのが法則のようだったが、最近では遊撃がバックしていても外野は定位置であることがほとんどだ。若干センターの守備位置が変わったり、ホームランバッターの時守備位置を下げたりすることというのは昔も今も変わらないが、どうかすると打者に応じて守備位置を変えたりとか、セオリーどうりやるわけでなく、細かく、いろいろな状況に対処できるようにデータ野球が進化しているらしい。松阪投手の時の横浜外野陣の守備位置の前さ、観音寺中央高校の内野7人シフトなど記憶に新しい。が、水戸商は違う。右打者の時、なんと左翼が中堅よりに浅くセンターが右翼よりに浅く、右翼が定位置で守っている。三橋君の投球はインコースへの要求もないわけではないから、長打不警戒のシフトのように見えるが、H君によればこれも近年の高校野球のトレンドらしい。確かに右打者が下手投げの投手の時は引っ張るのは難しいが、それにしても金属バットの高校野球で右打者の時にレフトが前進してくるとは…。ずいぶんと大胆な守備位置をとる。

 そして三橋君、ランナーを出すが、足を上げない牽制球で見事に刺す。これは恐ろしい牽制球で、最初から足を上げない投手で、モーションも小さい三橋君が、牽制をなげるとたちまちランナーは立ち尽くす。なんせ投球動作と牽制動作の差異を見つけるのが難しい。いや、見つけることはそんなに難しい作業ではないのだろうが、初めて見るフォームだからどこを見て良いか分からないし、慣れるのに時間がかかる。1回の裏はまさに水戸商マジックで岩国無失点。これは面白い試合になりそうだ。

 曲者投手、変則シフト、つながりの野球。水戸商というのは試合巧者であり、若いチームでもあるようである。この手のチームは乗せるとどこまでも伸びていきそうだ。というのも、曲者投手というのは焦れば焦るほど術中にはまる。ストレートは遅いが手元でのび、変化球はどこまでも遅く、コントロール良い。切れが良いとかうんぬんの前に、思い切りよくいかないと、テンポで負けてしまう。事実、これは予想だにしなかったことだが、日大三、海星、今治西といった強打のチームを次々粉砕、勢いで自分たちの野球をしきった沖縄尚学にこそやぶれたが、準優勝。見事というほかはない。しかし、この日の僕はそんなことは知らない。

「岩国は、山口県のチームだけど、広島野球を掲げる…。」

と僕は何度も口にする。H君

「わかったわかった、うるさい。」

 広島野球の岩国も試合巧者なのだ。山口県でも広島県よりに位置する岩国高校は、堅い守備とバントを絡めた攻撃を得意とするチームであり、こういったチームは、打撃型、特に空中戦のチームには弱いが、本格派投手や曲者投手率いる投手主導型のチームには比較的に強い。まして水戸商の得点源は集中打で、守備の堅い岩国にはそれは難しいと見る。粘りの野球。僕は岩国有利と見た。

「わからんぞ、この試合。」

「まぁ、確かにな。」

とその矢先。

 

 

 

 キィーン・・。

二回表水戸商の攻撃は四番小林の本塁打で幕を落とす。

「な…?」

「打つやねえか。」

H君、高い打球を見ながらいう。水戸商、思ったより、強い。続いて安打、スチール、四球、きっちり送って一死二三塁。

「あっち、やけににぎやかやな。」

とH君。

「あれ、レフトうっとおしいやろうな…。」

と答える僕。水戸商側スタンドが騒がしい。

 水戸商側アルプスは、今回の甲子園ですっかり名高くなった、水商サンバを開始。攻撃側にはリズムを、守備側にはイライラを与えるであろうその応援はとてもリズムあふれまたどうでもいいことだが、女子の声も男子の声もほど良く混ざってとてもすがすがしい応援だ。キャーキャーだけの応援より、ウオオとなんかおそろしい応援より、どこかさっぱりあかぬけた水戸商の応援。応援マニアの僕はしばし水戸商のスタンドに見とれていた。なにより、楽しそうな応援。これは守っているほうは嫌だろう。僕が水戸商の応援を見ている間に岩国は一つエラーを喫し、水戸商は一点を追加した。

 先制の本塁打、そこへエラーとタイムリーで水戸商きっちり三点奪取。機先を制し、相手のミスに乗じ、機動力とバントを絡めた理想的な攻撃。水戸商は応援も攻撃も、そしてバッテリーもリズムが抜群だ。そうやって考えると別のリズムを持っている沖縄向学にだけ負けてしまった理由も分かる気がする。この試合とは関係ないが。

「しかし岩国ここでけおされたら広島野球の名が廃る。」

「しつこいな、君も。」

二回裏岩国の攻撃は水戸商三橋が四球、失策と、一人でピンチを作ったが、きっちり併殺を取った。寒い中熱いコーヒーを飲みながらH君が

「水戸商ペースやな。」

と一言。相手のミスに乗じた水戸商、生かせなかった岩国。試合巧者同士の対決だと思っていたが、水戸商の方が一枚上手か?

 

 

 

 しかし高校野球は分からないもので、今度は岩国が三連打を浴びながらも無失点に押さえるというはなれ技を披露。岩国の投手山田くんも打たれ強いタイプらしい。粘りのピッチング。応援の合いの手が絶妙で男女キレイな歌声を誇る水戸商の応援にも、ここぞの勝負強さを演出する水商サンバにも動じない。4回には絶妙の牽制をなげる三橋に誘い出されながら、こちらは絶妙のトリック走塁でホームを陥れるキャプテン原元。打たれづよい、あきらめない、粘りのチームの真骨頂はここからだ。…と思う僕にあっさり引導を渡したのは重ね重ねもユニークな応援の水戸商、合いの手の行け行けの声に乗せられた川上が二塁打、ここからは水商サンバ健在ぶりを見せ、燃えろの声に燃えたか石田がタイムリー。若干不運も重なり、岩国は一点を追加される。が、その後連打をくらいながらもきっちり捕殺を取った岩国。反撃なるか?

 

 

 

 粘りの野球健在、と思わせた8回、四球と二塁打で一死二三塁のチャンスをつかむ岩国は、ここで四番原元。思わず手に汗握る展開、岩国応援団の声も張りあがる…が…、水戸商三橋のリズムは打たせて取るリズム。ここを犠牲フライ一本で押さえるあたりが水戸商野球の真骨頂だろう。流れがこちらにくればぐっとつかんで点を取り、流れが相手に傾けばすっとかわしながらリズムを変えない。見事なピッチングで水戸商三橋どうどうの完投。

「えー試合やったやねえの。第一試合に比べれば。」

 とはH君の一言。

 前の試合は日大三校の完勝劇、確かにそれに比べればいい試合だったといえるだろう。しかし、僕には水戸商の何か独特のリズムがそう見せたのか、水戸商の完勝に見えないでもなかった。結局、日大三にいなされた福井商のように岩国も自分たちの野球をやりきることができなかったのではないか。

 高校野球は番狂わせから大熱戦、ワンサイドゲームに大どんでん返しと、ホントになにが起こるか分からない。大熱戦から逆転劇は一見いい試合に見えるかもしれないが、実はワンサイドゲームにも日々の練習、実力、運、そしてドラマが隠され、スコア以上の接戦であったり、スコア以上のワンサイドであったりする。そしてそれを経てチームが強くなっていく。これからにつながることを考えれば、高校野球はすべてが良い試合なのかもしれない。それが、汗と涙の頂点である甲子園でなら、なおさら。

 

 でもやっぱ、応援とか試合経過的には、やっぱ二試合目のほうが面白かったかも。そんなもんだわな、観客なんか。

「ん、面白かったわ。」

としばし送れて返事する僕。

「さて、いよいよ。」

 一回戦屈指の好カード、優勝候補の一角、好投手福沢擁し、打撃守備に死角なしの滝川二に、同じく優勝候補、四国大会を圧倒的な強さで勝ち上がった、明徳義塾がぶつかりあう。

 

 

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