敦賀気比VS北陸大谷
  スコア
敦賀気比 10
北陸大谷  1

−華麗なる奪三振ショー

 

 高校野球、秋季福井県大会。僕には気になる選手がいた。それが敦賀気比の大型左腕、内海投手である。選手権福井県大会で、吉田、山岸、吉岡など、全国的なレベルを誇る投手の中で、何といっても一番の印象を残したのがこの内海だ。夏の大会は吉岡のために背番号は10番だったが、怪我がちな吉岡に変わって主戦投手として投げたのが内海で、初めてみた夏の大会の一回戦、科学技術戦では5回から登場し、5イニングを投げノーヒット。続いて準決勝の北陸戦で見て、7イニングを無失点。結局その後リリーフで内海以上のものすごい球を投げた吉岡が捕まって甲子園にいくことはできなかったのだが、すでに二年生の夏にして名門敦賀気比のマウンドを守る風格のある投手だった。確かに吉岡の球はすごかったが、それ以上に内海にはサウスポーであるという部分、また長身(秋の段階で182センチ)ゆえに角度を持っていること、そして、低めの球がグンと伸びてくるという特徴ゆえに、高校生離れした印象を受けた。始めて内海という投手を見たとき、それはもう戦慄したものである。角度あるボールが低めに伸びてきたのでは、プロでも打ちようが無い。

 そして福井県大会が始まると、敦賀気比内海はすさまじい快投を見せる。ほぼ毎試合5回までしか登板していないのにもかかわらず、10前後の三振を奪う快投。その上にほとんど内野安打以外のヒットを許さない内容の素晴らしさ。夏の大会に野手だったが捕手に転向した女房役、李が新聞にコメントを残しているが、そのセリフがすごい。

「あいつは本調子には程遠い。けれど、ストレートさえ投げていれば打たれない。」

 そして迎えた、福井県大会決勝、対大野戦では、一安打(内野安打)、20奪三振というとんでもない内容で完封し北信越大会への強烈な手土産とした。

 

 せっかく福井にすんでいるというのに、見逃してしまったのが悔しい。何としてもそのピッチングをみたい。それがために僕は北信越大会が行われる富山アルペンスタジアムへの観戦プランを立てた。どうせならたくさんの試合が見たいので、注目のカードが集中する準々決勝の観戦を決めた。10月9日第一戦、ここで内海が負けるようでは見にいっても価値がない、とすら思っていたが、やはり5回零封。ドラフトを控えたこの大事な時期にわざわざプロのスカウトが二年生を見にきていた、というだけでもすごい。ましてこの日は三連休の一日目、全国各地で秋季大会、および大学野球、社会人野球が行われている、というのにである。そして10月10日期待を膨らませて、行ってきました、富山市民球場(アルペンスタジアム)。アルペンスタジアムは大変いい球場だったが、その説明は次の観戦記に譲ろう。何といってもここでは内海のすごさ、敦賀気比の強さを伝えたいと思う。その一心でわざわざノートに取材したほどの好投手、内海。さて、どんな試合になるのだろうか…。

 

 しかし北陸大谷というチームはそう簡単に破れるほど軟弱なチームではない。石川県の二強である金沢、星稜を連覇して石川県の第一代表として北信越大会に登場した。が、難儀なことに抽選の結果、シードは得たものの敦賀気比と同じヤマに入ってしまった。しかし内海は連投である。何としてもとらえて勝ちたい。

 何といっても石川大会優勝という実績を買って、僕はこの試合が事実上の決勝戦だと思っていた。また内海といえども、北信越大会で連投して簡単に勝てるほどの投手ではないだろう、と思っていた。そうなると接戦は必至、ミスをしたほうが負ける、と思っていたのだが。

 人工芝のアルペンスタジアムで、両チームそこそこに動き良く、試合が始まる。敦賀気比にいたっては夏にはバタバタしていた内野が、なぜか新チームとなる秋に、しっかりまとまっていた。ノッカーがあまり厳しい打球を打っていないことや、人工芝になれるために無理な捕球をしていない、という点も考えられるが、それにしたって恐ろしい。

 

 

 敦賀気比一回表の攻撃。北陸大谷は超がつく曲者高澤クンがマウンドに上がった。変則モーション、変則フォーム。ちょうど横浜にいた袴塚という投手がリリースポイントが異常に後ろにある、変則モーションの左速球派、というなんともいえない投手だったが、高澤君は右速球派、ストレート速いが変則フォームゆえに本格派とは呼べまい。フォームの送りもゆっくりしているのだが、振りかぶった腕の振りが速くリリースポイントも後ろにあるために、1,2,3と数えられない。袴塚と同じく1,2でもう飛んでくる。ここまでは良くいる投手だが高澤君はさらに一味。ひじの使い方が独特で、投げる瞬間に腕を伸ばすフォームのため、ひじの後ろからボールが飛んでくる感覚に見える。普通「腕が見えたあとにやっとボールが出てくる」というひじの使い方をする投手は、オリックスの星野のように球離れが遅くて球速以上にボールが速く見えるものだが、この高澤君は球離れに関しては速いのである。

 整理するとこう見える。ゆったりしたフォーム、体のかげの見えない位置からいつのまにかボールが飛んできて、バットを振ろうとした瞬間にもうボールがグラブに収まっている、そんな感じだ。これは打てない。三順目までまわってきてどうか、打者が慣れるかどうかというところだ。

 一巡目ではとても打てない…。が…。超がつく曲者高澤君、そして捕手魚谷君は、プレッシャーというそれ以上の曲者にとり憑かれていた。気比の一番木下秀にいきなり四球。二番、林の時に投げた、「見えない位置から飛んでくる大きなカーブ」は、打ちづらいだけでなく取りづらいらしく、これを後ろにそらす。続いて林に連続四球。三番、夏メンバーの仲澤に対してパスボール、二塁走者木下が長駆ホームインしてノーヒットで一点。

「おいおいおい」

とスタンドがざわめく。

 ランナー三塁で仲澤に三連続となる四球。無死一三塁で、夏に5番の捕手、四番の李。この時に緊張極まったかまたも後ろにそらし、もう一点。

「いくら変則モーションでも、これは李君、打つぞ。」

と一緒にきたSさんに話す僕。仲澤君の盗塁を挟んで、注目の李君、置きにきたボールを豪快に運んでレフトへタイムリー。さらに盗塁などでチャンスを広げる敦賀気比だが、やっとまともになってきた高澤君の適当に荒れるボールを打てないで結局三点で一回が終わった。一安打三失点。

「この三点は余計やわ」

 スタジアムのそこらじゅうから聞こえるこの声。優勝候補の誉れも高き甲子園常連、敦賀気比の怪物、内海を前に点をやれないとなると硬くなってしまうというのは人情だろうが、それにしても自爆して三失点とはもったいない。よほどの事が無いと崩れないであろう内海相手にこの三点は大きすぎる。こうなると俄然、注目は内海の投球に集まる。

 

 

 

 攻撃前、ピッチング練習。角度のあるボールを投げ込む内海、いい音を出して捕球する李。ピッチング練習の時に「ほー」と思わせる投手ではなく、凡凡たる内容だが、それでも長身から低めに伸びてくる独特の角度あるストレートは健在のようで期待させるに充分だ。前回見た時は、どちらかというと角度ある低めストレートで打たせてとるような投手だったように思ったが、三振を取れる投手に成長したというのだから、注目だ。僕が見たのは7月の終り、そしてこの日が10月の初め、わずか二ヶ月半でどれだけの成長をしたか。

 北陸大谷一番築田、ものすごく腰が低いおかしなフォームで小刻みに体を動かし、内海の投球を待つ。内海、高沢くんの震えが移ったかストレートのフォアボール。

「おいおい」

 続いてセカンド宮川の立つ左打席、高速のボールが彼の手元を襲いデットボール!

「おいおい!!」

 スタンド大きくどよめくが、これが実は体ではなくグリップエンドで、ファールボール。浮き足だしそうな内海だが、運がいい。相変わらず突然ストライクが入らなくなる癖があるようだ。

 続いて当然送りバントだが、その前にパスボール(ワイルドピッチかも)があってランナーは二進。チャンスになるが外いっぱいストレート見送り三振。続く三番神澤二階から落ちてくるような高速のカーブにあって見送り三振。続いて四番佐藤、強烈な外低めきわどいストレート、見送り三振。三者連続三振。

 

 ものすごい。まず、対角線のコースに投げる、ベースいっぱいのストレート、いわゆるクロスファイヤが、右打者の膝もと、左打者の一番遠い位置に決まる。縦横角度抜群の上、コーナーに決まる。このストレートだけでも充分勝てる投手だ。夏より、コントロール、球威ともに上がっている感がある。そして二種類のカーブ。まずは高速のカーブ(スライダーかもしれない)だが、外角高めボール球のストレートと思っていた球が、突然急激に減速し、すさまじく落下、ストライクゾーンの右上をかすめて通過する。気持ちが悪いぐらい良く落ちる。スライダーのように横に滑っていくような滑らかな変化ではなく、三角定規を当てたくなるようなものすごい角度で、突然曲がり落ちてくる。もはや分度器で測るまでもないというほどの明らかな角度。目で角度が見える変化球は生ではじめてみた。これが、高速スライダー並みの高速で飛んでくるから打者はたまらない。ストライクゾーンの外のストレートに見えるから打者は振らないが、気がついた時にはそれがストライクゾーンぎりぎり、どうかするとド真ん中まで曲がり落ちてくる。これが角度がはっきりしている為に始末の悪い事に審判にはちゃんと変化が見えている。だからといって、もし打者が振れば、おそらく軌道からボールが消える。いわゆる消える魔球である。これはカーブともスライダーともつかない彼独特のボールなので、ここでは普通のカーブと区別するためファントムボールとでも名づけて表記しよう(ネーミングセンスが無いのはわかってます)。

 そして、低めからどろんと落ちるもう一つのカーブ。これがワンバウンドする。あれだけの速度、角度のボールを見ていると、ある程度スピードがないカーブを投げてこられたらそれだけで軌道は追えない。その上それがちゃんと変化してワンバウンドするのだ。あとはこれに真横に逃げるスライダーでもあった日にはプロでも10勝できるだろうが、そこまで望むのは酷だろう。そんなもの無くても、高校生でこれを打てる選手は、滅多といないだろう。

 

 敦賀気比打線、立ち直った怪投手、高澤にのらりくらりと投げられて点が奪えない。最初の三点が無ければ緊迫した投手戦になっていただろうに惜しい。一方の内海は面白いように三振を奪う。

 2回。5番舞田、低めのカーブを三振振り逃げ、捕手李くんがこれを刺し、六番嘉藤高めファントムボール見送り三振。7番高澤ストレート見送り三振。3回

「相手140キロ出るんやー、ええかげんな応援じゃあかんぞ」

という掛け声とともに元気になる北陸大谷ブラバンが元気になる。気圧されたか内海、8番魚谷に四球。9番左打者石原スリーバント失敗。これで四球挟んで七連続奪三振。だが、北陸大谷もそのまま黙っているチームではなく、ちゃんと三回、打者の二順目から対策を練ってくる。一番打者から全員がバントの構えからヒッティングに切り替える作戦を取った。後ろの席でどっかのじーさんが、

「あれじゃーあのボールは打ち返せんぞォ」

という。確かにそうだ。打ち返せない。弊害は大きい。気持ちの面でもマイナスかもしれない。

 しかしバントからヒッティングに切り替えるのはこの場合おおいに有効なのだ。まず、コントロールが悪いわけでもないが、突然ストライクが入らなくなる、という内海の場合、バントの構えに投げるのを嫌がるため、ストライクが入りにくくなる。また、バントの構えからヒッティングに切り替える作業は、相手の球威に会わせられるため、体の動きを持ってタイミングを1,2,3と数えられる。絶対大振りにはならない、きわどい球には手を出しても届かないから手を出さなくなる、相手の守備位置が前進守備に変わる、など、補って余りあるメリットがある。別に打ち返せなくてもかまわないから、何とかバットに当てて前に飛ばす、というなりふりかまわない作戦に出たわけだ。

 相手がフィールディングがよく、どちらかといえばタイミングを取りやすい松坂大輔ならばこの作戦は、弊害の方がはるかに大きいが、角度があって見えにくいが、まったくついていけない球ではない、という秋の段階の内海ならばこの攻撃はメリットの方が大きい。またスコア0−0でこんな消極策を取るのは愚策だが、スコア3−0で負けているときは、相手の失敗を待つのも一つの野球だ。この条件の場合、この作戦は間違っていない。

 一死一塁で一番築田、バントの構えに制球を乱し気味の内海の球をコツンとセコくライト前に初ヒット。二番続いてポトリときわどくレフト前に連続ヒット。打球に伸びはないが、球威ある内海の球、当てるだけでちょうど良いところに飛んでいく。一死満塁で三番神澤、バントの構えからなんとかあわせてきわどく三塁線を高いバウンドが襲う。慌ててマウンドを降りる内海、しかし三塁木下大これを前進して内海を制し、緊張感抜群に見逃してこれをギリギリのファールまで我慢。バントヒッティングが効いている。これが変な三塁手なら間に合わないホームに暴投して二点失っている。それにしても満塁になりながら球威が落ちない内海も良い根性だ。もう一度バントの構えから内海が投げた球を、神澤今度はきっちり捕える。この試合初めての生きた打球。

「おおっ!」

 と声が上がるが、これは不運にも浅い守備位置レフト木下秀の真正面。ここでも内海の球威が生きている。

「おしぃっっー!!!」

浅いライナーでは犠飛には当然ならない。しかし捕え始めたか大谷打線、と期待をさせたが、残念ながら内海の球はそんなに甘いものでもないらしい。すっかり落ち着いてコントロールの戻った内海、四番佐藤を強烈な外角高目ストレートで空振りの三振。

 

 

 4回敦賀気比の攻撃は一番木下秀の野手のレフト真正面をつく打球がものすごい伸びで三塁打になってしまうなど、見所があるが0点。裏の北陸大谷、五番舞田ストレート空振り三振、6番嘉藤が遊撃内野安打のあと、ワイルドピッチで走者二進。勝負に出た大谷は、高澤に代打を送って竹田がボックスに入るが低いカーブを空振り三振。続く魚谷空振り三振。内海、4回11奪三振の快投を見せる。

 高澤が降りたあとの北陸大谷は代打の武田がそのままマウンドにあがる。武田君、肘が遅れるタイプの曲者だが、高澤君の後だと、どうしても見劣りするらしい。敦賀気比、快打を連発し、一気に二得点で勝負あり。次の回にも点を奪った敦賀気比。内海も5回あたりから流し始め、6回に牽制のランダンプレーの乱れから1失点したが、結局自責点ゼロでマウンドを降りた。北陸大谷は一年生の本格右腕鍋島が登板し、好投を見せるが、あっさりバテる。8回に李君の大三塁打(エラーが絡んで打者ホームイン・偽ランニングホームラン)などで三点奪い、コールドだけは避けたい北陸大谷を7回から登板した植木君が実に危なっかしく抑えてゲームセット。8回コールドゲームとなった。

 

 

 圧倒的な強さを見せる敦賀気比は準決勝で高岡商、決勝で長野商を下し、センバツ確実とし、プレ選抜の神宮大会出場の運びとなった。内海は三連投となる高岡商戦で一失点完投13奪三振、四連投となる長野商戦で先頭打者のみにヒットを許し、一安打完封13奪三振。結局秋の大会は60イニングをなげて防御率0.30、被安打19、三振102というばかばかしいような成績で他を圧倒した。敦賀気比打線は全試合で6点以上奪うとんでもない強打ぶりで9試合83得点(うち5試合がコールドゲーム)。15点以上取るような茶番ゲームがあったわけではないので、こちらも馬鹿馬鹿しい数字だ。

 そんな敦賀気比だが、弱点は結構ある。内海が突然乱れること、二番手投手があまりよくないこと、そして、結構守備が乱れることである。守備が悪いわけではないが、エラーが多い。ま、結局悪いわけだが。勝っている試合ならよいが、緊迫した展開では、エラーは四球を呼び、四球がエラーを呼ぶ。格下の相手に破れかねない危なっかしさをこのチームは多分に持っている。

 

 

 神宮大会は、いかがなものだろう。

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