桐生第一VS仙台育英

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スコア

桐生第一
 

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仙台育英

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−優勝候補はさあ、どっち?

 

 僕もHくんも、仙台育英が強いとは思えなかった。仙台育英は確かに真山を擁し一回戦も佐賀東に14-0で大勝しているが、地方大会含めて、一度も接戦を経験していない上、一度も強打のチームとは当たっていないのである。ライバル、東北高校とは当たること無く宮城県大会を制した仙台育英は、好投手との対戦も、強打のチームとの対戦もしていない。チームの実力がどれだけあっても、こういうチームは勝てない。対して、桐生第一は違う。チームの出発の時点からして、全然違う。

 昨年の選手権、僕は明徳義塾を応援していた。横浜を倒しかけた、あの明徳である。しかし、その明徳義塾をさんざんに苦しめたのが、桐生第一だ。寺本をノックアウトし、中盤までリードしていた桐生第一は、終盤追いつかれ、救援の高橋を打てず、延長10回。まさかのサヨナラ暴投で姿を消した。試合内容としては、あの明徳義塾を下しているのだ。

そんな桐生第一。昨年の選手権後。新チーム結成し快進撃。秋季に群馬大会優勝、続いて開催地関係で、準々決勝決勝からの登場となった秋季秋季関東大会では、清水擁する柏陵に惜敗し涙を飲み、戦跡不足からセンバツには来れなかったものの、その分目標は夏制覇と明確になる。大きく成長したチームは春季群馬大会優勝、春季関東大会でも4強。そしてむかえた選手権、好投手あふれる群馬県大会で、投手打撃精神とも完成されたチームが実力を爆発させる。好投手松本擁する高崎商などの強豪を実力で制し、圧倒的な力で優勝、昨年の選手権以来、群馬県大会四期連続優勝という快挙を成し遂げ、甲子園に帰ってきた。主戦はサウスポー正田樹。私は、正田くんがどれほどの投手かということは知らなかったし、一回戦で村西擁する比叡山と対戦することから、「相手が悪い」とまったくノーマークだったが、その比叡山をなんと鼻血を出しながら準完全試合、その安打も微妙な当たりというとんでもない投球内容で勝ち、比叡山相手に見事な集中打で点を奪った。これは強い、と思うのは当然である。優勝候補の一角に数えても良い。

対して、仙台育英は、優勝はちょっと無理だろう。試合を通じてよほど鍛えられないことには、戦績が無さ過ぎる。

「桐生第一な、(県大会)決勝も10点とって勝っとるし。」

「まあ、どっちもピッチャーが良いし。」

4-1で桐生ってとこか?」

3-0ぐらいやないかしらん」

「どっちよ?」

「桐生第一。」

のちに優勝することになるこの桐生第一の強さは、この試合僕らの予想を上回る形で見せ付けられることになる。

 

 桐生第一エース正田。テレビ画面で見ていると、いくらでも文句の付けられるフォームである。

 つまり、それぐらいかわいげがない。完璧すぎるフォーム。

「蹴り足が弱い」

その投げ方はその身長を生かすゆったりと足を上げる美しいフォームゆえだ。この蹴り足が強くなれば、あれだけのコントロールは生まれない。自分の筋力に合った理想的、最大限にその柔らかさを利用したフォーム。また逆に、蹴り足が弱いことは、これからますます成長することを意味する。現に、正田自身がプレートを蹴る意識を強くしてから驚くほど球威が上がったとコメントしている。

「ひねりが弱い」

ように見えるのはその高い足の上げ方ゆえだ。左腕のバックスイングなど足が高く上がっているため相対的に小さく見えるが、実はちょうど良く、これがあまり大きいようだと、変化球をなげる時、ひじを痛める。現に、腕にだけ注目してみると、実に大きな弧を描いてボールを投げていることがわかる。左手の使い方を覚えれば、高いボールだけではなく、低いボールにも伸びが出るだろうが、三振が取れる投手ゆえ、低いボールの伸びなど必要ない。ゆったりとしたカーブ、変化の大きいスライダーで、相手のあごを上げてしまえば、関係ない。もともとフィルディングの良い投手なので、下手にフォームをいじるとその長所が失われる可能性もある。

 パーフェクトな男。あとはバランス良い筋力の作成と、投球術だけだ。投球術に関しては、女房役の高橋くんが、実に長所を生かし、相手の読みをはずす。金属バットの世界では、少々大袈裟なリードが良い。高橋くんは、ちょっと大袈裟すぎるほどに緩急を付けるゆえ、大学・プロ向きのリードではないが、この甲子園では、最も良いリードをした捕手の一人だ。

 余談だがこのバッテリー、社会人向きである。下手にプロにいって考え無しに体を鍛えると、長所が失われそうだ、と思っていたら、正田はプロにドラフト一位で入ってしまったが。まあ筋力トレーニングと投げ込み・試合当番をバランス良く組みたてれば、一年目から十分プロに通用する投手だ。変な変化球覚えさせられたり、筋トレばっかりやらされたりして柔軟性を失わなければ良いが。

 さらに余談を続ける。西武ライオンズドラフト2位真山龍。こちらは対照的に腕と背筋力を下半身で支える投手。背中の筋肉が少しでもいかれたらもう駄目、といった感じの投手だ。こういう投手は、ボールに力がある時とない時の差が激しい。ボールに伸びがある時は、誰も打てないだろうし、スライダーも切れる。が、力を入れたりして背筋が生かせないと、コントロールもボールの力も同時に失われ、スライダーは格好のホームランボールとなる。この手の投手は、体力をテンションでカバーできないような、接戦には弱い。もう少し身体のひねりを利用できるようになれば、背筋力も生きるし、負担も少なくなるだろうと思う。この投手、体をもう少し鍛えた方が良いし、柔軟性が欲しい。つまり、プロ向きだ。大学、社会人にいけば、逆に壊れるタイプである。ま、精神的なものまではしらないけれど。

 そんな真山。いかんせん、高校野球のスケジュールで、筋力を無事保てといわれても無理な相談。しかも投手戦は必至で、接戦になりそうだ。真山くんが7回まで持つかどうか。なんせ毛細血管ブチブチいきそうな投げ方である。そして僕らは帰宅の都合上、7回ぐらいまでしか見れそうにない。それまでに試合の決着はつくのかどうか。

 

 さすがに序盤は真山君の方がイキが良い。ぐいぐい押していって三回を内野安打一本に押さえる。一方の正田の方は、二回戦ながら貫禄のマウンド裁き。こちらは三回を無安打。僕らは決着がつくのを見れるのだろうか。

 しかし、真山君、事もあろうに自滅した。先頭打者に四球、続いて、死球。ランナー渡辺が牽制で死んでいるものの、ここで四番大広は送らずに強功、センター前に弾き返し、さらに送らず強功、キャプテン関口君がタイムリー。ここで完全に真山君が潰れた。

「桐生第一、地方大会決勝で10点とっとるもんなぁ。」

「なあ。早くも決着か…。」

 桐生第一打線、全国屈指の好投手区群馬を制し、関東大会、続いて甲子園で村西と対戦するなど、ことごとく好投手と当たってきた上に、右は一場、左は正田という好投手を擁していれば、いくら真山でも崩れたらそこで黙っているようなチームではない。相手が構えれば強攻、引けばスクイズ。福田監督の冷静、巧緻を極める采配で、仙台育英に立て直すスキを与えない。この桐生第一の指揮官、福田監督は相当な凄腕らしい。仙台育英、ごく自然に進んだ2回戦で、なんと作戦負けを喫した。崩れたからといって、まさか六点も取るとは思わなかった。真山がまともなら、投手交代など考えない。そこを錐のように穴をあけた見事な攻撃。満塁にスクイズという奇策も成功し、相手のミスを誘ってほぼ試合を決めた。

「6点か、これは監督負けの部類か?」

「んー、あそこでスクイズされたら、仕方ないやろ、どっちかって言うと、監督勝ちの部類やな。」

眠そうなH君。これは勝負アリとしてもう帰りたそうである。そりゃまあ、そうだ。我が家近くは、終電が速い。

「もうちょっと見たら、帰るべか。」

「ん。」

仙台育英、桐生第一を破るには、猶予はあと2イニング。真山が崩れた以上、しっちゃかめっちゃかの打撃戦にして、投手力などうやむやにするしか術はない。

それにしても桐生第一高校、応援が独特である。私学らしい見事なブラスバンド演奏から、女子生徒の声中心になんとも言えない節のついた応援をする。アルプス一万尺のリズムに乗って

「イチコーイチコーしょーりをつかむぞイッチッコー」

と、お経みたいなフシで応援するのが実にアンバランスだ。これはのどが疲れなくて良いだろうな、と思うが、ちょっと独創的過ぎてみているこっちが変なひき込まれ方をする。おもしろい。この応援で、結構リズムをつかんでいるのかもしれない。

 

 4回裏。ちゃんと足元を見た攻撃で、送りバントを絡め、反撃を期す仙台育英だが、正田が、何とボークで失点。逆にこれで落ち着いてしまった。

「失点の仕方が、実につまらんな。ボークみたいやぞ。」

「次打てば試合も分からんが。」

打てない。正田、すっかり立ち直って、点を与えない。

5回、先頭打者が出た桐生第一はこれを送って勝負。点こそ奪えないが、もう盤石の試合運びだ。ここで試合運びが大味になるようなことはなかった。5回裏、正田は実に簡単に仙台育英下位打線を料理。猶予の二回を終え、仙台育英、ジ・エンド。これ以降の回、もし正田が崩れても、さすがに5点差は返せないだろう。

 

「期待したんやけどな、真山君。」

「予想以上やったな、桐生第一は。」

僕らは甲子園球場を後にした。

 

 試合は桐生第一が7回にきっちり中押し、9回にダメを押して、11-2で快勝している。優勝候補ここにあり、である。

 その後、桐生第一は投、守、功、バランス良く、運も手にして、正田の四連投も影響なく優勝した。優勝すべくして優勝した感もある。福田監督、さては相当な名将かもしれない。

 

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