城東VS智弁和歌山

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城東

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智弁和歌

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−情熱の城東、意地の智弁和歌山

 

 始発電車にガタガタ。今年の夏も例によってH君と甲子園にやってくる。来年からは就職するため、一人で見に行かなくちゃ行けないかもしれないので、今年が最後になるかもしれないこのイベント。7年間の毎年のこのイベントの最終回は、泊りがけである。

 

 で、急行してついた甲子園球場、例によってお金が無いので外野席。外野席というのは難儀な席で、よほど聞き耳立てて聞いていないと、誰がどこのポジションで、何番を打っていて、今打席に入っているのは誰なのか、というのを聞き逃してしまう。そして、スコアボードが見れないので、聞いたとしてもそれを忘れてしまう。結局、その試合がどんな試合だったのか、というのは忘れてしまうのだが、野球の雰囲気だけは楽しめる、という、まあ甲子園好きというよりただの野球観戦好きのための席である。高校野球好きだが、マニアではない僕らは、外野席で十分。雰囲気だけで、十分。

 さて、外野席。センターライト側最上段に陣取る僕ら。物を売りに来る兄さん姉さんから焼きソバとか何やら買いながら、試合を見ると、回は四回表城東の攻撃。ノーアウトランナー一二塁。ほう。今年の智弁和歌山は圧倒的な強さは持ってないと聞いていたが、やはりそうらしい。

 

 

 

 と思っていたら結局ベスト4に進出するにいたるのだが、本当に智弁和歌山はおっそろしく強いチームを毎年作ってくる。おっそろしいまでの学力を誇る私立の進学校だが、ここ十年間ぐらいで一気に常連にのし上がってしまった。しかも、簑島、田辺など強豪ひしめく和歌山で。こうなってくると野球留学生だの、地元の有望選手だの集まってきて一強独占状態になりがちだ。この一強独占というのはもしかしたら今は和歌山と岐阜しかないのではないのだろうか。しかし、その意味は大きく違う。

 和歌山の場合、もともと野球レベルが高い土地柄で、あの伝説の箕島、その他、日高中津のような分校でも甲子園で活躍できてしまうし、南部、星林といった結構強烈なライバルチームがいる。そこを、ここ10年で、スポーツクラスの導入、優勝の経験による知名度アップ、高嶋監督の存在といった要因で、ほとんど毎年春夏と甲子園に出てくるようになってしまった。でも、そんなに甘いものではない。スポーツクラスを導入している名門私立はその他PL学園などが知られているが、こういった学校は高校野球をするためにセレクションがあるぐらいで、そりゃもう強いはずなのだが、それだけで甲子園に出てくるというほど甘いものでもなく、実力のほか相手関係、運などがそろわないと勝てない。PL学園、明徳義塾、帝京など必ず強いチームを作ってくるチームですら甲子園に出場するのがえらく難しいのにもかかわらず、智弁和歌山だけは毎年出てくる。これはなぜか。

 もちろんスポーツクラス、比較した安定している地理条件といった点は上げられるが、それだけで勝って来れるほど和歌山というのは甘い土地ではない。それ以上に、しっかりした野球をしているのだ。

 守備がこれ以上無いほどしっかりしている。守備の良いチームというのは全国に数あるが、智弁和歌山はそれらをはるかに上回る。高校生の守備ってのは不安定で、真っ正面にボールが飛んできてそれを裁くだけでも思わず「うまい!」と口走ってしまった経験ってが誰にでもあるはずである。

 その程度のレベルで「守備がうまい」のが高校野球なのだが、智弁和歌山だけは、大学野球並みの実戦守備がひけており、ダブルプレーは取るし、背面キャッチはするし、逆シングルでさばくし、外野は左中間の打球に追いつくし、とまあ、えらいレベルになっている。昔はそうでもなかったのだが、高塚がぶっ壊れてから高嶋監督に思うところがあったのか、投手が特別なポジションではなく、あくまで普通のポジションとして扱われるようになってしまい、妙に内野との連携が取れている。普通のチームは外野、内野、バッテリーと別れて守備を分析するが、このチームだけは一チームぐるみの実戦守備形態を取っているため、妙に皆が球際に強く、また安定している。その代わりといっては何だが、おかげで毎年毎年ぶっ壊れそうな投手が出てきては壊れる寸前に負けて変えるか、壊れる寸前に継投して事無きを得て優勝したりとか、そういったチームになり、で、投手を助ける強力な守備陣が完成し、他のチームにはタチの悪いことにこれが伝統として定着してしまっている。少数精鋭主義だからできる実戦守備形態である。どれだけ守備の良い個人が集まっても、実際に試合で守ってみて安定しているかどうかというのは試合前のノックを見ただけではわからないが、試合になっても練習の時、あるいはそれ以上の実力を確実に持っているのが智弁和歌山。

 じゃあ守るだけなのか、といったらそうでもなく、狂ったように打つからたまったものではない。このあたりはスポーツクラスを持つチームは共通なのだが、智弁和歌山の場合は打つほうでも実戦的なのがシステム的に上回っているところだ。いったいどんな練習をしているのだろうか、気になる。

 だから、例えば大阪とか兵庫、神奈川、東京、愛知みたいな数えるのが面倒なほど連戦が必要な地域なら多分どこかで投手がばてるか壊れるかして負けるがかもしれないが、宮城、石川、福井、奈良、四国など、全国トップのレベルがある地域でも、さほどの連戦を必要としない地域であれば、集中力を持続してそのまま毎年甲子園に出てしまうほどの強さを持っている。たとえ金沢や、星稜のような強豪と争ったとしても、である。これはもう異常と言って良い。

 

 

 

 そんなことはどうでも良い。この試合。僕は智弁和歌山はある程度強いだろうとは思っていたが、ベスト4まで勝ち上がるとははっきり言って思っていなかった。今年は甲子園にも出てこれないかと思っていたが、結局いつものように一筋縄では行かない和歌山の激戦で苦戦しながら、いつものように勝ち上がってきてしまった。さすがに甲子園ではどうかと思っていた。まして城東ははっきり言って今大会注目度ナンバーワンのチーム。そして都立高校ながら、好投手池村を擁して、国士館、帝京、修徳など、数え上げたらきりがない強豪ひしめく東東京を勝ち抜き、堂々の優勝候補として早実との死闘を制して決勝に登場し、春選抜出場の絶対といって良い実力を持っていた駒大校を破って出てきた本当に強いチーム。何より心強いのがアルプススタンドいっぱいの大応援団。緑色の三塁側スタンドをバックに控えさせている。しかもノーアウト一二塁。

「彼は四番らしいぞ」

とH君はいつものようにいたって冷静に城東の攻撃を見る。

「ほぁ、そら大変だ。がんばれや。応援気合はいっとるし、いったれ城東。」

焼きソバを食いながらニヤニヤと見る僕。

 地鳴りのような応援団を要する城東打線は波に乗り一気加勢に攻め立てるが、智弁和歌山の芸術的なまでの外野守備陣に抑えれている。内野守備の堅さもさる事ながら、外野守備の堅さもどうかしている。さすがに金属バットで打った打球を一直線で追えるのは水戸商業だけだろう(彼らも異常)が、智弁和歌山外野守備陣、背面キャッチしながらも異常な球ぎわの強さ、グラブのサイズが違うんじゃないかというぐらい、追いついたらそのボールは必ずグラブにおさめる。

「は・・ん。」

 僕はあきれながら見る。応援団が盛り上がっているチームを無条件に応援したくなるのは僕の癖だが、そんな物を怖がる心のスキなど智弁和歌山は見せない。どちらかといえば好きなチームである智弁和歌山も、城東応援してみると何ともかわいげの無いチームに見える。何でも智弁和歌山の佐々木君は三塁側城東大応援団を見て、怖がったのではなく、「むかついた」とかで、それであんなにすっさまじい当たりをあとで打ったのだろうか。

一方の城東、まんまと試合の流れを持っていかれたか、と思いきや、下手投げ投手(ゆうまでもなく池永君)の実にテンポの良いピッチングにかわされ、全然ペースをつかめない。

「何やら良く分からんけど、いいみたいやな、城東。」

 と、今度はシャーベットを口に僕。

「いーや、これは智弁和歌山勝つぞ。」

とH君。理由を聞けば、

「智弁のペースやもん。」

 なるほど。城東、緑一色大応援団に守られて攻めて守って完全に主導権を握っているが、投手が悪かろうがなんだろうが失点は最小に、点数はそれ以上に、という智弁和歌山。大乱打戦を制したかと思うと次の試合には零封してしまうような試合巧者な智弁和歌山、点数を与えないということは彼らのペースなのだろう。さすがに、H君。外野席に来るとぼんやりと見るだけになる僕とは違う。

 6回裏。四番佐々木のセンターフライが、流れを変える。一死二塁。打順が誰ともわからず、とりあえず佐々木の名前だけ聞いた僕がぼんやり見ていると、ぽこっとセンターフライを打ち上げた。おや、センターフライちゃうで、ライナーか、と思ったらセンターの頭上を越えてフェンス直撃してボールを追うセンターのグラブにあっさり収まった。

「ひょお、すっげえ打球。」

当たりが良すぎてシングルヒット。ものすごい伸びで打球が飛んできた。そういえばメールで、Kさんが佐々木君が良く打つっていっていたっけか。

人の目をはばからず、もう何回キスをしているかわからない変なカップルに気を取られていたH君は目を白黒させながら、

「ヒットか?」

ヒットだ。これですんで良かった、という当たりだ。シングルヒット異常のシングルヒットを彼は打ち、流れは一変する。

 

 

 

 はっきり言って水族館にいるアシカを可愛がる若いお兄さん、といった感じのあほうカップルが、もう三桁もキスをして、後ろを通るガキにいきがって、そこらのオッサンににらまれているものの、自分たちの世界に入っているため全然関係ない、「野球は見に来ていません、見せにきました」ってなそういうカップルが前にいて、帰ろうかどうかと相談している途中に智弁和歌山は一点を取り、結局彼女の膝枕で寝ているうちに佐々木にもう一度打順が回ってきた。

「この、佐々木君ってのが打つらしいんやわ。」

と僕が言うが早いか、彼の打球がまたものすごい勢いでバックスクリーンまで飛んできた。

「うん。打ったな。よう打つやんか。」

とH君。ホントよー打つ。その次もその次もその次のバッターもしっかり仕事してもう一点奪った智弁和歌山は、平然と守備位置に戻る。が、簡単に終わらせてくれない城東応援団だった。

 

 

 

 大応援団は盛り上がり方が違う。関大一、平塚学園など、そういった大応援団の大歓声に負けず劣らず城東応援団、気合はいった応援で下町ボーイズを張りきらす。頑張る城東、頑張れ城東。城東は見事三連打で一矢報いた。さすがにそのあとは居心地が悪そうだったカップルが、席を立った瞬間に反撃が終わったのは、なんとも皮肉だが。

 

「相手が悪かったな。」

とH君。

「さほどでもねえだろ」

と僕。まだこの年の智弁和歌山の強さを認識していない。智弁和歌山高校のそこ知れなさは、一年追わねばわからないのかもしれないし、あるいは対戦してみなければわからないかもしれない。

 ともかくも勝ちは、

♪永久(とわ)に幸あれ智弁学園、おおわれらが和歌山高校。

 

 永久に幸あれか、確かに永久に勝ち続けそうな、智弁和歌山よ。

 

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