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−圧巻の横綱と誇り高き前頭
福井県大会はこれといった波乱もなく、準々決勝四試合が二球場で行われた。僕が福井県営球場で二つの試合を見ているときに敦賀公園野球場では今大会ダークホースの鯖江が元敦賀気比監督の渡辺監督就任の福井高校に順当勝ちし、シード校の敦賀が春ベストエイトの若狭高校を劇的なサヨナラ勝ちで破っている。
一方の福井県営球場、この日も僕はぼんやりと学校にやってきたら、トキさんと会ったので、それなら、と県営球場に向かった。準々決勝、何処かの地方大会では、何じゃこりゃ、というゲームが行われることも多々あるが、福井県は全て好カードである。球場につくと、ゲームは始まっている。この試合は何といっても両チームの投手がみどころだ。
藤島高校、エースの田中君はストレートと、カーブ、そしてフォークボールを駆使する本格派。まともに決まればそうは打てないウイニングショットを誇る。対する福井商業は、春野手ながら、夏は投手として二年生エース二人を休ませられる安定感を持つ刀祢君。こちらはそこそこのストレートとコーナーワークで散らす。ストレートがさほど速いわけでなし、変化球が切れる訳でもない上、針の穴を通すほどのコントロールがある訳でもないが(良いけど)、捕手米丸との大人の配球で、相手攻撃陣を嘲笑う。
福井商は県下屈指の進学校の藤島高校から先制点を奪って試合の流れをつかむと、あとは練習量の少なさに付け込む盤石の横綱相撲。四球、失策、この当たりは試合の流れを逸したら致し方のない所だ。ガンバレ、藤島。君らは本当によくやっている。一矢報いろ。と思っていたら、6回に調整当番左のエース、二年生吉田登場。
「吉田君見れるんやなあ」
と北信越大会できゃしゃな彼を見ているトキさんは感慨深げである。だが、マウンドに昇ってきたのは別人だった。
「おお、ええ体ンなったなあ、吉田君。」
「ホンマやな」
堂々とした体躯で、エースの風格を漂わせ、吉田登場。投球練習のフォームも堂々。すばらしい。が…。
「山中君、ちょっとエエかな、吉田君、球威落ちとらへんか?」
「うーん、どうなんでしょうね。体の割にこないだけだと思いますけどね。」
「そうかもしれへんな、球そのものはキとるんやけど。」
そうなのだ。吉田君は華奢な体に似合わないダイナミックかつバラバラなフォームでとんでもない豪速球を投げ込む投手だったはずだが、しなやかさが無くなり、フォームが安定した分、球威はどうも落ちているように見える。体から想像するに、あの球は遅いように見えるが、まあ、実際にスピードが落ちているということは考えにくい。が、彼も怪我明けである。
後日談になるが、実際吉田君の球威は落ちている、と翌々日のラジオで話していた。が、コントロールは良くなっているそうな。
で、この吉田君、藤島高校相手にストレートをビュンビュン。これで藤島高校は抑えられる……わけじゃない。
吉田君、多分監督の指示だと思うがストレートしか投げない。これではさすがに藤島高校も打球を捕らえる。二死を取られながらも集中打で満塁、藤島金子君がレフト前にタイムリーヒットを放ち、二点取る。
「吉田君、あかんなあ。」
とトキさん。ストレートしか投げないにしろ、こんな所で打たれる投手ではないと彼は言う。
確かに秋季北信越大会ではこんな所で打たれるような投手には見えなかったから、若干スケールが小さくなった観がある。
試合は七回に今度は右の二年生、もう一人のエース山岸君が登場。こちらは怪我明けらしいが、相変わらずのバランスの良いフォームから伸びてくるストレートの威力はおそらく吉田以上。こちらは好投を見せて七回コールドゲームとし、福井商が押し切った。春夏連続出場に向け、順調に勝ち上がる福井商。実力そのものはおそらく県内NO.1だろう。あとは、運と調子、そして勢いだが…。
もう一つの準々決勝、こちらも投手対決となる。
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北陸 |
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敦賀気比 |
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−吉岡の夏を終わらせる、名門球児の目に炎
福井四強。過去の勢力地図は、古豪敦賀と福井商業、それに私学の北陸、福井実業の四校、これを福井四強としていた。敦賀から敦賀気比が嶺南の覇を奪い、福井実業が福井高校と名を変え、それに鯖江を加え、古豪敦賀が巻き返しているという形が現在の勢力地図。現在、福井四強を上げるとすれば敦賀気比、福井商の二強に渡辺監督の就任した福井、そして名門私立北陸を加えた四強だろう。今後どこまで敦賀が巻き返し、鯖江が自力を上げていくか注目される。
科学技術と鯖江の台頭でブロックが別れなかったこの選手権大会、福井の準々決勝で、早くも四強の敦賀気比と北陸が激突する。両チームとも今大会まだ無失点。敦賀気比は二年生の長身左腕投手内海、そしてプロ注目の豪腕吉岡を擁し、一方の北陸はスナップスローの広部(茂)を擁する。さらに北陸は名門私立らしくOBが集まって野次を飛ばす。ここは負けられない。試合が終わったばかりの福井商もデータ部隊がカメラを構える。注目の一戦だが、やはりここは敦賀気比有利か。
トキさんなどは敦賀気比の監督が代わったことを大きく見て、北陸有利と見る。確かに、監督の指導力は大きいものの、その練習をそのまま引き継いだであろう敦賀気比が、たった二年で弱くなるとは僕には思えないのだ。三上、東出から受け継がれてきた伝統が、すでに生きているであろう敦賀気比、名門私立を相手にどこまでやれるか。春は気比の内海が突然崩れ、そのスキに攻略した北陸これを下している。
ノック。僕は北陸高校の守備を見て妙に納得する。どうやら守備練習の時点でやたら上手いのはお国柄らしい。
「これと比べたら敦賀気比は下手で、バタバタしてますよ。ただ、やたら肩が良い。」
敦賀気比ノック。思ったとおりトキさんはこの肩の良さを見てビックリしていた。潜在能力、とかそういうものでは野球は語れないものだが、一体どういう練習をしたらこういう肩を作れるのか謎だ。これが名門の強さである。ワンバウンド送球など考えの片隅にも無い。三塁から一塁から山なりの送球が送られるということがただの一度だって無い。新・名門敦賀気比高校、すでに顔で勝てるだけの伝統を持っている。
びびっている暇があったらOBに怒鳴られる北陸高校。内海くんの立ちあがりを攻めるが、これはただの内海くんの一人相撲。四球でランナーを出しても、そう簡単に打てる球ではない。一回の表、ゼロ。
北陸のエース広部くんはおそらくボーイズ(あるいはシニア、またはポニー)出身者。少年野球などで見られるスナップスローの投手で、投げるところから非常にボールが見やすいが、広部君の場合見るからにリスト(手首)が強い。この手首こねくり回しのスナップスローだが、球種を非常に見切られやすく、球速も130k以上は出にくく、打者から見てタイミングが取りやすい上に、コントロールが付けにくい、とあまり良いところはないが、その分だけボールにスピンがかかって直球が伸びるし、変化球が切れる。そして何よりつかれにくい。
そしてどういう訳かこの広部くんはともすれば手投げになりがちなスナップスローでも体全体を使えており、その上何故かコントロールが良いらしい。これは後日談になるが、鯖江高校の森本くんもスナップだったから、どうやらそういう投手が多いお国柄なのか、それともこれが新しいトレンドだろうか。北陸に至っては遊撃手もスナップだった(これはプロでもたまにいる・ロッテの名手、酒井とか元巨人中畑とか)。
この広部君、敦賀気比に徹底的に的を絞らせない。外角低めに伸びてくるストレートが、まともに決まって、分かっていても打てない感じだ。その上、スナップ投手特有の、強烈なブレーキカーブ、そして自称スライダーであろう横にドロンと曲がるカーブ。これを動きは若干硬いが、北陸内野陣が堅実に体の前で抑える。この内野もバタバタしている。しかし、それでも硬い名門野球部。
試合はひたすら投手戦。北陸打線は内海君の強烈な低めに伸びるストレートに押され、まともに打球を飛ばせない。コントロールがあまり良くない内海君だが、そんなモノは関係ないと思わせる。敦賀気比打線はまったく同じ球威で飛んでくる広部君のストレートが打ち崩せない。たまにヒットは出るのだが、そのあとがつながらない。敦賀気比にしてみれば、立ち上がりの良い広部君の球は、目が慣れ、球威が徐々に落ちてくる二巡目以降に攻めたいところだが、球威が落ちない上に、コントロールが落ちないのでは、いくら目が慣れてもそんなに打てるものではない。ボールの出どころが見やすく、二巡目以降簡単に打ち崩される、と呼んでいた僕の読みは外れた。広部君の投球は、たまに飛んでくる変化球が、出どころが見やすい分だけ残像が残るらしく、結局的を絞っても内野手の正面を衝いてしまう。小林君らに二塁打が出てもどうしても、最後は北陸の集中力あふれる守備陣に打球を抑えられる。
しかしながら、二年連続選手権全国大会出場の敦賀気比、いい加減に目がなれてきた三巡目の7回、次期新チームの主砲となる5番、二年生の李君らがチャンスを作って、ついに内海君に代打、好投しながらも若干疲れの出てきた内海君を諦め、一気に攻めようとする。ここへきて広部君は変化球の切れがなくなってきたようだ、が、ストレートは相変わらず伸びてくる。スピードは落ちても球威が落ちないスナップ投手。ここも根性でふんばって敦賀気比に得点を許さない。
そして、8回、ついに北陸は吉岡君をひきずり出す。投球練習からして、もう吉岡君は絶好調だ。とんでもないボールを投げる。内海君の球はすごいボールだった、が、吉岡君の球は、僕が見た中で一番迫力があった。あの松坂大輔をも凌駕する気迫を、僕はその球威に見た。スピードはそりゃあプロの選手のほうが速いだろう。しかし、とにかく、僕が人生で一番驚いたボールである。近くで見ていたのもあるかもしれないが、140キロ近いボールを投げる内海、山岸、吉田、竹森など、同じ条件で見たその他の福井県内の好投手をはるかに上回る迫力を、僕はその球威に見た。
バックネット裏に球の飛ぶ、シューっという音が聞こえてくる。そしてミットが乾いた音を立てて響く。
すっぱーん。
「これは…。」
トキさん声をひっくり返す。
「すごいで」
なげるたびに帽子がすっぽ抜けて頭の上をズレてまわり、ぐりぐり頭を一回転してグラウンドに落ちる。フォームのバランスはあまり良くないが、力投と表現するにふさわしい、強烈な印象。実際どれだけスピードを出しているか気になる。145キロぐらいでてるんじゃなかろうか。高校野球を見るのに、どれだけのスピードが出ているか知りたがるのは、結構無粋なものだと思うが、これは知りたくなってしまうのが人情ってモノだ、というボールだ。
「帽子が必ず脱げちゃってますもんねえ。」
驚きの余りかどうか知らないが、妙にニヤニヤと僕。こいつはすげえ、と思って笑っているらしい(自分やろ)。
「ほんまやなあ、帽子がでかいんかなあ。」
結局投球練習中、全部投げたあとに帽子が脱げた。これは一年生の時からの癖だが(そう言えば甲子園でもそうだったような気がする)が、吉岡君、帽子を変えようとは思わないのだろうか。昔帽子をかえなきゃとか何とか言ってた覚えがあるが。
最後から二球、変化球(カーブ)そして、最後のストレートを投げ込み、吉岡君。帽子をひろいながら、
「っしゃーあぁ!!」
と気合の雄叫び。
「こーんなもん、打てんやろ」
と、トキさん。
「えらいの出てきましたねえ、これはやっと勝負が見えたかなあ」
と僕。しかし野球というものはこれで勝負が見えないのだ。
目の奥に燃える炎は北陸高校。
「燃えろ、燃えろ、燃えろほっこー!」
応援団の応援より、グラウンドの投球練習を見つめる北陸ナインの目は待っていたぞ、といわんばかり。静かに燃える三番大久保。なんとこのボールを打ち返す。弾き返したボールは内野手を襲い、ボール懸命の一塁送球の間にすでに大久保は一塁を駆け抜ける。
「うちましたよ」
「ホンマやな」
北陸高校、どうやら吉岡相手に秘策あり、のようなのだ。さてはマシンをかなり前目にして打ち込んだか。四番西川、これを送る。そして五番高間、吉岡君のこれでもかというストレートをうまくとらえてライトへ飛球。これはライト抑える。
「いやあ、北陸すごい!あんな球打てる人間いるんですねえ。しかも高校生」
と、変な関心の仕方をする僕。なおも北陸高校、帽子を飛ばす吉岡の豪快なフォームを盗んで、二塁走者大久保君がスチールを敢行、見事三塁を陥れる。さすがにこのあたりから、吉岡君の殺気にも似た気迫が球場をおおいだし、北陸応援団、ベンチあたりからしか声が聞こえなくなってくる。
二死三塁で代打城谷。これがひたすらに一本調子、意地になってストレートを投げる吉岡君のボールをものの見事にレフト前に弾き返す。
ほんの5分前にその豪腕一本で球場の雰囲気を一変せしめた吉岡が、マウンドで呆然と立つ。北陸高校、実に、実に見事な集中力で球場の雰囲気なんぞ無視して吉岡から虎の子の一点を奪った。
その裏さすがに明るく楽しい敦賀気比補欠野球部員応援団も気合入れ直して応援、それに答えて一番藤田君が2塁打を放つが広部君の粘りのピッチングの前に倒れる。
広部君の粘りは、9回まで続く。九回にはさすがに敦賀気比打撃陣の目が慣れてきたらしく、いつとらえられてもおかしくない様子だったが、それでも球威は衰えず、そして相手の焦りもあったようで、見えているはずのボールを強振して倒れる姿を尻目に、淡々と投げ込む。そしてゲームセット。見事な完封劇で、吉岡君の夏を終わらせ、そして自分たちの夏をますます熱いものにした。
たんたんと投げ込んでいた広部君も、試合が終わるとそれはもう大きなガッツポーズ甲子園決定のような喜びよう。これで甲子園も見えてきたというものだ。何といってもあの吉岡を打ち崩し、敦賀気比打線を完封したのだから。
ちょっと意外な気はしたものの、予想以上に強かった北陸が、今度は藤島をコールドで下した福井商から金星をねらう。