明徳義塾 3-2 滝川第二

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−勝負は一点で決まる〜運命のスライダー〜

 

 寒い。今年の選抜は特に寒い。僕もH君も熱いコーヒーを二杯、体を温めていたが、どうしたものかシトシト雨が降ってきた。

「しっかし、寒いな。」

とH君。これこのくそ寒い中、大熱戦が繰り広げられる事になる。

  

 

 滝川二はエース福沢が絶対の安定感を誇る。打線も強力で長打力もあり、死角は見当たらない。福沢君が疲れる準々決勝以降の試合はともかく、二回戦までは実力を発揮できる強豪。優勝候補の一角ですらある。福沢君は低めにコントロールされるマックス142キロのストレートと、ウイニングショットの高速スライダーが武器の本格派。細身で顔もよく、アイドルになる資質も十分。チームの結束も固く、まして兵庫の地元校、負ける要因はどこにも見当たらない。投手が好投手で捕手が4番を打つような、いかにもドラマを産みそうなチームは、おそらく僕に限らず高校野球ファンの多くが好きなチームだろう。思わず応援したくなるようなチーム。サッカーで名前が売れている高校で、久しぶりに出てきた古豪(実はそんなに実績があるわけではないが)というイメージも、なんとなく応援したくなる要素。相手が相手なら100%応援したくなるチームだ、が…。

 対する明徳義塾高校は僕の大好きなチームである。観戦記が今回で三度目の登場となる事が何よりの証といっていい。毎回書いているが、暗いイメージを持っている明徳義塾。だがそんなものはどうでもよく、イメージをぬぐってみれば魅力いっぱいのチーム。その魅力は洗練された四国野球にある。

 四国野球というと皆さんはどんなイメージをもたれるだろうか。池田、徳島商、観音寺中央、尽誠学園、松山商、今治西、宇和島東そして高知、高知商、明徳義塾。名前を挙げていくと公立、私立に関わらずその伝統校にはいくつかの共通点が見える。それは人によって持つイメージは違うだろうが、僕には破壊力満点のつながり打線と、堅い守備、というイメージがある。気候的に安定している事もあって、総合力の高いチームが生まれる四国。打ち出したら止まらないチームというのは概して守備が悪かったりする場面が多いが、四国の伝統校は例外なく好守で、また強力なつながり打線を持っている。したがって乗ると実力以上の力を発揮するが(上に挙げてないが新野とか)、どうかすると乗らなきゃ勝てないところがある(宇和島東、徳島商が勝ち上がれないのは乗れないからだと思う)。みな同じ特徴を持つ四国のチーム。ではなぜ、四国のチームに個性を感じる事が多いのか?一つは監督が挙げられる。そしてもう一つは、ほぼ例外なくつながり打線と好守のチームを作り上げるそのチームに、四番を打つ選手や、好投手といった、強力な核ができた時、チームに勢いが生まれ、すさまじい強さを発揮する事が挙げられる。池田の水野、明徳義塾の寺本、今治西の藤井、観音寺中央の久保、松山商の今井、そういったチームを引っ張る人間が、チームの個性を作り上げていく。そんな四国野球の中でも明徳義塾はつながり打線、好守に加え、好投手を連れてチームを作り上げる。ともすれば勢いがつかなければ負けてしまうような四国野球に、確実性を加えた洗練された四国野球。今回も秋期の四国大会を圧倒的な強さで勝ち上がり、優勝候補の本命でさえある明徳。

 負ける要因が見当たらない滝川二、勝ち以外に考えられない明徳義塾。そして、滝川二校は負ける要因が見当たらない事に加え、連敗続きの兵庫県勢として、負けられない試合でもあり、それがこの試合に影を落とす。はっきり言って福沢君のような投手は大好きなので、今回ばかりは滝川二校を応援したい…が、やはり明徳ファンであるところもごまかせない所。H君はやはり滝川二校応援。一緒になって応援するのもなんなので(ひねくれもの)やはり僕はいつものとうり明徳の応援に回った。

投手力は福沢擁する滝川二が勝る。が、明徳義塾の二年生エース増田も食わせものである。増田というのはひじの使い方が非常に上手い投手だ。井上のリードとあいまって、鉄の守備陣と併せて老練な投球を見せる。ただ、球は決して速くない。そして変化球もさほど切れない。ここで誤解されがちだが、決してコントロールがそんなに良いわけでもない(はず)。が、たくさんの球種を持っている。ひじの使い方と、テンポと、そして多彩な球種の組み合わせ、これだけで投げている。ひじの使い方がうまいため、速球は速く見え、変化球が切れて見える。ひじの使い方の上手い選手は、バランスが悪ければそれだけで故障を引き起こすが、彼はバランスが良い。そして 絶妙の出し入れ。この辺は思った所に大体行く、というバランスのよさの産物。したがって、変化球が切れるわけでなし、針の穴を通すコントロールなし(失投は少ないが)という、それだけで、技巧派、の名をほしいままにする投手。おそらくは、頭が良くて度胸の素晴らしい投手だろう。

 井上、増田のリードのリズム。井上は寺本、高橋の球を甲子園で受けている捕手で、インサイドワークはさほどでないが、独特のリズムを持っている。一回の表の攻撃は、滝川二が増田の立ち上がりを攻め、四球、内野安打でチャンスになりかけるが、浜本のタッチアップ失敗からチャンスを崩す。硬い守備の明徳。落ち着いているバッテリー。滝川二、チャンスがあっても流れをつかめない。リズムに翻弄される。

明徳の攻撃、一番倉繁がいきなりレフト前。

「おおい、よお打つな。」

H君感嘆。松元送って明徳チャンス。だが、福沢君はこんなことで崩れるやわな投手ではなかった。

柔の増田、豪の福沢と思っていたが違うらしい。増田君と違って、その後テレビで見たわけではないから、外野席から見た印象でしかないが、どうも福沢君は柔豪あわせもっている。外野席から見ても速いストレート。外野席から見てわかるスライダーの変化、そして、そのスピード。ここまでなら豪腕投手といって良いが、球がことごとく低めに決まり、またフォームのバランスが良い。テンポも悪くない。そしてボール球の使い方が上手い。百戦錬磨の明徳打線に結局最後になるまで捕らえられなかった。コントロールはおそらく増田の上を行く。その後は倉繁が打ったのは幻かと思わせる好投。スコアリングポジションにランナーを置きながらも、三番井上三振、三塁手の失策はさんで、5番奥田三振。失策を挟んでも崩れない芯の強い投手。ううむ。惚れそう。

「ええなぁ、福沢君。」

「えーなー。」

と、どこぞの女優を誉めるおやじ達のような口振りでべた賞めの僕ら。明徳ファンの僕としてはあまり誉められた行動ではないが、まあいいや、明徳ファンである前に高校野球ファンだから(プロ野球ファンである以上に中日ファンだが)。

が、今度は増田が魅せる。2回表の攻撃を三者連続三振に斬って取る。

「うぁ、増田もええなあ」

「うん、ええわぁ」

 町で聞いたらエロおやじの会話になっている僕ら。僕は技術に関して、H君は知識と球界(プロアマ問わず)の歴史について非常にうるさく、話すたびに野球の話が尽きないが、野球場では応援とか予想だとか、いいプレーだとか言うものの技術的な事については(めったと)言わない。だいたい外野席から技術的な事なんて言えない。たまに作戦的な事については検討するけれども。だから当然こういう投手戦ではエロおやじにならざるをえない。

出たランナーを刺殺、三回にも明徳の好守、裏の攻撃は福沢に唯一タイミングが会っている倉繁のヒットが出るも、後続にヒットを許さない福沢。両チームセンターラインの守備が安定して危なげなく、好試合をもり立てる。鳥肌が立つようないい試合…いや、寒いだけか。

先にピンチを迎えたのは増田だった。6回二つアウトを取ってから一番熊崎を歩かせ、二番浜本にセンター前される。次に三番中村の内野安打で、ずいぶんバタバタしてきた。増田は捕まっていないが、流れが滝川第二に傾いている。が、内野安打を許すも、後ろにはそらさない明徳三塁手平峯が、福沢の愛妻四番キャッチャー吉田の打球をさばいて満塁のピンチを切り抜ける。ピンチの後にチャンスあり、流れを取り返すために襲い掛かる明徳攻撃陣だが、せっかくの福沢のバント処理失敗を、なんだかわからないタッチアウトで潰す。ただでさえ寒い春の甲子園球場に、冷たい雨が落ちてくる。

そして7回裏。なげる増田が内野安打出塁。橘本倒れて、唯一タイミングの会っている倉繁に回る。福沢君の球威はまだ落ちない(外野から見ると)。しかし倉繁はこれをきれいに弾き返す。増田帰って専制。甲子園球場に悲鳴が上がる。

「おい、福沢ここで消えるんか?」

「むー…。」

僕らも手に汗握りながら見る。ここで、バッターはうるさい松元。松元はここで金属バットヒットを放つ。体の軸が完全にぶれた状態ながらバットの芯とバットの角度でコントロールし、福沢の外角ストレート(に見えたけどスライダーかも)を三遊間に痛烈に弾き返す!金属バットであのバットコントロールをされたらたまらない(もっともバットコントロールが良ければ、木製でも遊撃頭越えヒットになるが)。

「抜けっつぁぁ!!!」

意味の分からない声を上げる僕。声が出ないH君。抜けていく球をわざわざ見ているほど滝川第二はふやけたワンマンチームではなく、遊撃石井がこれを飛び込んで取る!!!あっという間に左翼手のグラブに収まるはずだったその打球は、遊撃石井のグラブに収まりかけて、はじけて飛び出す!もしかしたらグラブをはめていた手がかじかんでいたか?

結果的に左翼手のグラブに収まるのは二塁ランナー倉繁が三塁を蹴った後になった。

「うぁぁああ!なんちゅう勝負のアヤ!守備が良すぎてあだになるとは!」

うるせえよ、俺。興奮して口に出して、「あ、しまった」と思った。僕はいちいち解説する人間ではないはずなのに。ううむ、これほど興奮させるとは、石井君。覚えとこ。寒い中、正真正銘の鳥肌プレーが飛び出す。ともかくも、明徳義塾、運を仲間につけてもう一点奪取。

テンポよく投げ続ける増田は、8回もランナーを出しながらも抑える。福沢もまだ崩れないで球界4、5、6番を簡単に料理。ここで消えるのはもったいねえぞ、福沢。

寒い。雨がたまに大粒になってきたりする。H君はたまに席を離れる。お金があれば、ギンサンの下。最も地元滝川二の出るこの試合ではバックネット裏には入れないが。どっちにしても貧乏も度が過ぎると罪だ。外野席タダの甲子園、貧乏人も、金払ってるみんなも、大粒の雨でも帰らない。地元滝川二、優勝候補相手に堂々の試合。期待膨らむ。ここまでやっておいて負ける訳にはいかない!

おそらくはアルプス以外のほとんどが滝川二の応援に回っている9回(僕も含む)、一死から4番吉田の内野安打。大型捕手吉田、どんな形でもともかく塁に出る。負けられない滝川二。寒い中テンポを崩さずマイペースの増田。ロージンを使う。いかにも老獪。クールだ、かっこええ。しかし、そんな増田から5番今村が2塁打、6番小西がタイムリー。沸き上がる極寒の甲子園。吹く浜風は身を切る冷たさ、心を震わす熱さ。

こうなってくるともとが明徳義塾ファンの僕、増田の応援にまわってしまう。我ながら忙しい性格だ。緊迫の場面、一死一三塁。打者福沢。が、三振。ふっとため息の出るスタンド。なお二死一三塁。増田はここでもテンポを崩さず追い込み、そして三振!

しかし走り出すのは、喜びの投手ではなく、打者走者。井上はマウンドではなく後ろへ?ファールだかなんだかわからない一瞬の沈黙の後、三塁走者がホームを陥れる。

「三振振り逃げ?」

思いもよらぬ形でドラマは続編発表。くぅう、これだから高校野球は!

九回、福沢はまた投げられる。流れは滝川第二、三人で斬ってとって10回表、しかし増田はまだマイペースで投げ込む。滝川二、益田を捉えられず、三連打が飛び出した打順の登場する次の回に勝負を託す。

力投する福沢君。タイミングのあっている倉繁も押える。バッターは何でも屋の松元。インコースへの変化球を松元が軽打。

「ひょおおぅ」

と思わずうなるバッティング。ヒザ、腰であわせ右腕折りたたんで厳しいボールに照準を付けると、右腕一本固定して、そのまま回る芸術的なフォームでライト線を襲うツーベースを放つ!お見事!!しかしこれ、木製バットだったらさすがに折れてただろう。まだ行ける!頑張れ福沢!いつまでもなげ続けろ!ってそれはないだろ、俺。ファンってのは勝手なもので、見ていたいと思うんだなァ。

まったくタイミングのあわない明徳義塾クリーンアップ、井上の内野ゴロで松元は三進、バッターは四番これまたタイミングの会わない西岡。二死三塁。ボール先行の福沢。

「歩かせる?」

「ん、今日打ってないし、もともと四番でもないバッターやし、勝負やろ。」

えらく西岡君に失礼な事を言う僕だが、実際に福沢君は外の変化球をなげた。これを西岡君がきれいにヒット、明徳義塾がサヨナラ勝ちした。

「うあ、西岡打ちおったで。」

「なんやぁ、福沢消えるんかぁ。」

「むー、西岡君、ゴメンなぁ。」

と変なところで謝る僕。しかしあそこでストライクともボールともつかないカーブはないだろう、と思っていたら、あの球はスライダーだったらしい。「もっとスタミナをつけたい」とは後日見た新聞のコメント。お疲れ様。また夏頑張れ。

「あー、ええ試合やったなぁ。」

「やっぱ明徳かぁ。」

といかにも野球見ました、という感じの感想のH君。僕らも寒かった。風邪ひかんように、はよ帰りましょうか。

結局このあと、明徳義塾はまたも本格派の岡本擁する海星に負け。本格派対策がいるとの教訓を残して甲子園を去る。一試合で見た強い日大三も、二回戦で応援から一気に乗ったリズム型チーム水戸商に敗れる。うーん。わからないもんやね、勝負は。油断大敵。

 

 

 適当にぬれた体で電車を待ち、電車に乗って、渋滞に巻き込まれて餃子の王将で飯食って、栄養付けたから大丈夫とかいってそのまま家に帰ってから散歩に出かけた僕ら。彼は次の日仕事、僕は30時間寝ずに家に帰る、とどうなるかというと。

 彼は2日で風邪をひき、僕はすっかり就職活動のやる気がなくなりましたとさ。

 

 

 

 

 

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